易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

ひまわり法話 クイズ

 すぐに‘今月’が来るのです。なんとかお話をしなくちゃなりません…。
 今さっきやっていたことから、何かしら皆さんに訴えたいことをさがすのが、いちばん自然な成り行きでしょうね、と自分に言い聞かせました。

20180615_ひまわりで_convert_20180618212607

 米沢先生のお話を動画にする作業で、詩画集の『遊戯三昧』(ゆげさんまい)にあった河童の絵を使いましたが、2枚のうち、合掌する河童には画讃が付けてありました。

 「我むかし造るところの、もろもろの悪業…」と云う文句です。すばらしいと思ったので調べてみましたら、禅宗のほうで使われる「懺悔文」でした。あの、長大な経典『華厳経』にあることばのようです。

改 遊戯三昧 我昔_convert_20180618214028

 このとなえ文句は,念仏と出会うための究極のレッスンではないでしょうか。

 また、先日木之本の秦先生からいただいた「クイズ」というのが、良く出来ていて、感心しました。

・道路を暴走するのは、18歳。道路を逆走するのが、81歳。
・「嵐」と言うと松本潤を思い出すのが、18歳。鞍馬天狗の嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう、とよみます)を思い出すのが、81歳。


 といった、おもしろいものが9つも並んでいるのです。しかし私には松本なにがしが、わかりません。あわててパソコンで調べて写真を見ても、グループの中でどのお方か見当もつきませんでした。
松本潤_convert_20180618212622_convert_20180618220958スタッフの若い女性から「その写真はずいぶん若いときのです」と注意されました。スンマセン…
 6月15日(金)のひまわり法話では、これを使ってクイズをすることにしました。

p1040162jpg_convert_20180620065158.jpg

 とにかくキーワードは、じぶん探しということです。私じしんの「じぶん探し」をふり返りつつ、お話しました。実際は、ユーチューブの動画で見てください。
youtube ⇒2018 6月 ひまわり法話 クイズ



続きを読む

スポンサーサイト

PageTop

続 ・ 米沢先生って、ご存じですか? 

 目前に、ひまわり法話、浄勝寺の無縁経法座の準備と急がねばならない仕事が詰まっています。
 思いきって、『米沢先生のおはなし 下』 すなわち 続編 を編集、インタ―ネットにアップいたしました。45分ほどです。

改 1986_4月ころ NHK題 _convert_201806151649021986年 昭和61年1月19日放送
 
 NHKの教育テレビ日曜朝の、「こころの時代」には、何度も出演なさっていました。

改 亀井氏 1984_8月_convert_20180615165741

 対談の相手をつとめられたのは、たいてい名古屋市の亀井鑛氏でした。米沢先生の講話をつぎつぎに書物に仕立てるという、地味な努力をしてくださった方です。そのおかげで、『米沢英雄著作集』が完成したのではないかと推察しています。

改 昭和61年 珀清寺_convert_20180615165815
 これは長浜市のお寺でのようすです。ぎっしり満堂です。

改 平成3年3月6日 お葬式_convert_20180615164825

 1991年(平成3年)3月3日お亡くなりでした。親に別れるような気持で、福井までお通夜とお葬式にお参りしました。
 きちんとした荘厳段ですね。まさしくお葬式のお手本ではないでしょうか?白い菊一色、しかもつぼみ、というのがグッときます。写真の日付は 90 3 6 とありますが、おそらくカメラの日付まちがいです。
 お通夜には何人もの僧侶が色衣で参られて、盛大でした。その中には、松本梶丸先生のお姿もありました。

改 遊戯三昧 我昔_convert_20180615165007

 大垣のBさんから頂いた、先生の河童絵と俳句の豪華本『遊戯三昧』から一葉をお目にかけましょう。
我れ昔より 造る所の もろもろの悪業あくごう
みな無始むしの貪・瞋・癡とんじんちに由る。

身・語・意しんごいより生ずる所なり。」
 いいことばですね。親鸞聖人のご信境だと思いました。

 ところが念のために『聖典』を調べても出てきません!そういうときはコンピューターです。
 曹洞宗そうとうしゅうの懺悔文さんげもんなのだそうです。
 さすが禅宗、道元禅師。勉強になりました。

  この先生の浄土真宗理解に、私は全面的に同意しているものではありませんが、しかしそれでも、悩んでいた人間がどういう経過で救われるにいたったか。仏教に不審を持っていた者がどうして信順するように変ったか。ーという点を明らかに意識せずに、仏様の側に立って「ありがたいのだ、ご報謝なのだ。」と法を説くということでは、まったく信用ができないというきびしい考えには、今でも深く共感せざるを得ません。

 重要なところはあいまいにすませてはならない。我が心の奥底でみずから尋ねてみなければならない、という訴えこそ、先生の本領でありました。

 「有難くない自分」を見失った、あやしい僧侶が横行しているのが現状であります。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ…。

YouTube⇒ 米沢先生 真実の人間教育 下



 

PageTop

米沢先生って、ご存じですか?

 インターネット調べても、ユーチューブを探しても、米沢英雄師のお姿は見当たりません。
 ときどきどこかのお寺のページなどに、文章が部分的にのせられているだけのようです。

 ここ3カ月というもの、自坊で『歎異抄』の序をれんげ会でごいっしょに読んでいるのですが、「幸いに有縁の知識に会うことができて、やっとこの浄土真宗に入ることができた。」と書いてあるとおり、文章や本を読むだけでは、どうしてもピンとこないことでも、善き人と出会うことでフッと受け容れることができるものなのです。
 私にとってそのひとは、米沢先生でした。

 その最初のご法話をテープから起こして冊子にしたのが17年前。こんどは音源をユーチューブに上げて、こころざしのある方に、ぜひ味わっていただきたいというアイデアを思い付きました。
改 講録表紙_convert_20180611172815_convert_20180612064513
  なにしろビデオが残っているわけでもありませんので、昔の写真、紙焼き、モノクロネガ、カラーネガなどを家中から探し出して、音声に合わせて並べてみることにしました。“家探し”はたいへんですね。
 yone004_convert_20180611172831_convert_20180612064454.jpg
  福井市バス停「幾久」の前にあった米澤医院待合室で
 3日間ほど、朝から晩まで先生のなつかしいお声を聞き続けたわけですが、ほんとうに古びていない。まったく同感のお話でした。我ながら良いことを考え付いたものだと思いました。

84_4月 西順寺にっこり_convert_20180611221724

 これは北方の西順寺さんでのスナップです。ご法話の後、その当時のご住職・三浦乗雲師に強引に控えの間に連れ込まれて、直接の対面を果たしたおりのものだと思われます。
 この前半分だけでも62分という大きなお話ですが、ぜひお聞きになることを、強くおすすめします。聞くだけの値打がありますよ!
 40年たってもピタリとくる…それが、文化というものでしょうね。
 YouTube へ⇒ 米沢先生 真実の人間教育 上



PageTop

もう紫陽花の季節

 毎日取り組んでいる江戸時代の版本のくずし字の読解がちっとも進まず、ブログの記事が後回しになりました。

 気がつけば、いつのまにか6月となり、裏の花畑はアヤメから菖蒲にとすっかり切り替わっていました。
改 裏のしょうぶ IMG_20180608_131114_convert_20180608204001
 この雑然としたモサモサが、ほんとうにホッとできる光景です。

 さて5月の後半から拝ませていただきましょう。

改 高橋さん5月 DSCF3308_convert_20180608202058

 ピンクのカワラナデシコですね。昔からある変らない花。この花びらの形が懐かしいです。
 すぐ下の赤いのも撫子ですが、調べたら髭撫子(ひげなでしこ)というんだそうです。なんだかあんまり、覚えたくないなぁと思いませんか。
 そしたらまた、いやそれは美女撫子(びじょなでしこ)ともいう、と書いてありました。明治時代にヨーロッパから来た花のようです。これなら、いいですね。
 上の黄色がかった花は、知っていました。春菊しゅんぎくの花のはずです。ぜんたいに清潔感あふれるお仏花でした。相羽のK さん宅です。

改 曻さん宅5月 DSCF3316_convert_20180608202222

 もう百合が咲き始めるのですか。そして柔らかいはなびらがひらめいているのは、ええと…スイトピーだそうです。赤、薄紫、いろんな色があるのですね。相羽の A さん宅です。

改 由利子さん宅5月 DSCF3312_convert_20180608202149

 美しい、ダリヤです、今年も咲き始めたようです。わが家には無いので、よそで見た時に「コンニチハ」を言うことにしています。
 白い円いつぼみは芍薬ですが、やわらかそうな桃色の五弁の花びらはわかりません。(ムギセンノウ・麦仙翁 またはムギナデシコ・麦撫子というものかな?)
 お花ぜんたいのかたちが均整がとれているので、もしやと思っておたずねしたら「娘時代にほんのチョットだけ、習ったことがある」とのこと。
 若い、すなおな時の習いごとは、あとあとまで“効く”って気がします。相羽の Y さん宅でした。

改 萩焼のアジサイ DSCF3356_convert_20180608202649

 可愛らしい額アジサイが咲いたようです。この家にもちゃんと「萩焼」の一輪ざしがあったとは。驚いたので、ピントが花ではなく花器に合ってしまいました。スミマセン…。 

改 杉山さん お母さん DSCF3354_convert_20180608202630

 こういうのも、若い方ですと、アリって気がしますよね? 亡くなっておられますが、母の日でした。相羽の N さん宅でした。

改 賢一6月 DSCF3377_convert_20180608202827

 この家の千日紅(センニチコウ)は早咲きですね。典型的な洋花の、アルストロメリアが左上に見えます。
 大きな葉と下を向いて咲く白い花は、ギボウシ。左のはじの花は、お寺の石塀あたりにもありますが、名前を知りません。相羽の K さん宅でした。

改 古川 義光宅法事 IMG_20180605_111716_convert_20180608202847

 古川の Y さん宅でのご法事の床の間です。先代が骨董好きで求められた、こった花器が目を引きました。
 しかし個人的に好きなのは、掛け軸です。この字を見ただけで、誰か?すぐわかりますよね。そう、浄土宗の偉大なる僧侶・山崎辯榮です。やまざき べんねい。辯は正字、今でいえば弁です。
 大正9年(1920年)に没しておられるので、この村に来られ、たくさん揮豪されたのはおそらく明治末年か大正時代初頭のことでしょう。
 「弁栄聖者はしばしば見仏したが、信者には見える見えないにかかわらず、如来が常に行者の真正面にましますとの信念が最も大事なことですと説いた。」――いいとこを突いておられますね。
 デザインセンスにあふれ、大好きなお名号です。

改 入口 DSCF3380_convert_20180608202921

 咲きかけのアジサイっていいなぁとおもって、玄関先の部屋に生けてみました。じつはこのすぐ後にお客さんが来られるので大あわてで、直す時間もありませんでした。それにしてもど真ん中に矢羽根ススキが来て、へんですね。
 人生ってこんなものかも知れません。キメル間もなく、過ぎてゆく…。
 お客さんと言うのはいわば珍客で、ユーチューブを見てご発信くださり、会いに来られたお方です。
 尊い事件です。全力で、すなわちなるべくリラックスして、五感全体でお話を聞かせてもらおうと待っていました。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。

改 6月 脩司氏 DSCF3367_convert_20180608202720

 ていねいな、真剣なお仏花ですね。赤い実はヒペリカム。下の黄色い煙るような花もそうです。
 白いのはシャスタ・デイジー。茎がしっかりしたデージーです。ピンクの花は?と聞きましたら、「紫色のアジサイの一部」だとか。信じられませんでした。下方の M さん宅です。

改 6月脩司氏葵 DSCF3374_convert_20180608202739

 同家の床の間には葵の花が。これも昔はあっちにもこっちにもあった花です。なつかしい。

改 脩司氏6月 杖 DSCF3375_convert_20180608202800

 玄関先にはヒペリカムが、うれしそうに勢ぞろいしていました。  

改 加代子6月 DSCF3381_convert_20180608203106


 桔梗が咲いてきましたか。六月も上旬です。あじさい・墨田の花火も、満開となっていました。
 こういうノビノビと立ててあるお花を見ると、私はホッとします。相羽の K さん宅でした。

PageTop

6月 わが身のためになるかもという、はからい。

改 6月の法語 DSCF3364_convert_20180604095356

ほかの宗教はぜんぶ、信じれば代りに 
善い報いがあるという 罪福信仰です。
      (吉村かほる)


 この罪福信信仰という視点、米沢英雄先生の忠実なる同伴者であられた、吉村さんのお言葉です。
 わたしも同意同感してきました。

 しかし、もういちど原点を確認したくて、『浄土真宗聖典』(仏教の聖書のようなもの)の索引をさがして、該当する15ヶ所、すべてのページを開いて文脈を読んでみることにしました。
 『大無量寿経』が原点で、『教行信証』信、化土巻、和讃、はては『教行信証大意』まで…と広がっていました。

 すると極楽往生をしそこなう、心の持ち方を罪福信と言ってあるのでした。極楽往生と化土往生との分れ目が、罪福信であるのです。お念仏をどんな気持ちで、動機で、となえているのかという点検なのです。
 それはもともと、浄土真宗とそれ以外の宗教との区別をする“ちょうつがい”ではないようです。

 親鸞聖人のおつもりはどんなであったにしろ、宗教を大分するとき、罪福信をいう手鏡は、いぜん有効だと思われます。
 米澤先生の大きな把握力に、あらためて脱帽した次第です。なもあみだぶつ。
 

PageTop