易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

YouTube 【お聴聞のすすめ】 ③

 当寺でのお彼岸の法話、午前中の部は、ユーチューブへ、多くの方からつぎつぎとアクセスされているようです。続けて午後の部も公開することにしました。

 午後の席では、 宮田先生がご出家された、その背景の人生を話してくださいました。さらにその不幸の原因というものに気付かれた、廻(回)心=えしん=の体験も。もちろんその際の善知識のお名前もあきらかになります。

 廻(回)心の体験は、そのひとのそれまでの一生という長い時間に引きずってきた問題の解決、または明るい見通しの獲得ということになりますから、ひとに語るのは非常に難しいことです。
 しかし先生のおかげで、わたし自身ももっと明瞭に自分の苦しみというものを把握したいという意欲が湧いて来ました。

 さて、そのお話の中で ついに出て来た言葉 があります。およそ32分のところです。
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「人は、その人の宿業で、いろんな事が起こって来る…たとえ家族であっても親子であっても。顔かたちがちがうようにね。いろんな事を背負ってこの世に生れてくる。」
「それは、前の生を引きずって、この世に出て来てますからね。」

「私はわたしで、過去世・過去世からの因縁で引きずって、この世に生れて来たんだという、これが分かり信じられなければ、辛いばっかりなんですよ。」
ひとのせいに、したいですからね。」
「この時期に、こういうことに出合うのは、だれのせいでもなかった。わたしの宿業であった。」 「宿業は、先に先に行って、来るのを待っている!」
 ――― ――― ――― ―――
 ほんとうに、私もそう思います。 

 また、故人となられた山口県萩市の河村とし子先生のお話を思い出します。「仏教にはキリスト教には無い過去世という考えが、三世の思想があり、とてもうなづけるのでした。」と、いつも言っておられたことを。

 現代の浄土真宗の法話で、法話者がもっともおびえ、恐れ、敬遠して(いや、一般の聴衆はそんなことには気が付かないものですが)、素知らぬ顔をしているのが、この 宿業 という言葉でしょう。(本山発行の『注釈版 浄土真宗聖典』の補注を見ればわかりますね。)

 それは宿業という自覚でしかおのれの苦しみから解脱出来なかったという、切実な体験が無い僧侶たちで議論されているからでしょう。ほとんどの僧侶に苦しみの自覚の無いまま、教団が動いているのです。
 救われたことのない僧侶が、人を救おうとしている不条理が、まかり通っているということです。
 回心をうるさく言わなくなって、浄土真宗が変貌(へんぼう:別のものになる)してしまったのでしょう。

 そんな現代の状況の中で、宮田先生が正々堂々と、こんせつていねいに、ご自身のすべてを明かしつつ、浄土真宗のかなめを説いて下さいました。稀有な、ありがたいご法縁でしたね。

 しかしながら、ユーチューブ、動画などは仮想体験に過ぎません。じっさいに本堂に座ってお話を聴聞しなければ、まったくだめですね。
 そんな機会をお知らせしますから、ぜひお出かけください。

 ・10月23日(水)10時、13時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で有志の自主法座。
 ・11月19日(火)午前10時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で
 ・12月 6日(金)午前10時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で
 ・12月7日(土)午後2時、7時半、8日(日)7時半、午後1時からは 愛荘町東円堂の東漸寺本堂で。 以上

YouTube ⇒ 宮田公子先生 聴聞のすすめ ③
 


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お彼岸からこちら、秋のお仏花

 御彼岸が来ても、ことしは夏が終らず10月も上旬は半そでがラクでした。
 では、お彼岸ころからのお仏花をどっさり―

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 神戸町の Z さん宅の法要です。大学生になられた途端に、病で命を終えてしまわれた御子息の第17回忌。

 わたしの祖父も、長男が20歳ころ、悲しい出来事で亡くしてしまい、ため息ばかりついていた…と老僧から聞かされました。

 父・老僧はそれまでお寺を継ぐつもりもなかったので、荒れに荒れて旧制中学を落第しました。それは日本中がやけっぱちのような戦争に突入して行った時代でした。

 父(老僧)は京都のお坊さんの大学から逃げるような形で、兵隊になっていったようです。祖父はまた新たな心配と、弱かった自分の身体を抱えながら、祈るように息子の無事の帰還を待たなければならないことになりました。

 本人も、周りも、どうにもならない宿業を背中に背負って生れてくるのですね。なもあみだぶつ…

 この床の間には、真塗(しんぬり)の蛤端(はまぐりば)薄板(うすいた)を用意されて、そこに一重切りの花生けにハランがお手本のごとく、清潔に生けてありました。基本に素直なことは、うつくしい心ですね。

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 下方の K さん宅で母上の13回忌法事。床の間は、ご主人が担当なんだそうです。まったく習ったことはないそうですが、お花の嗜み(池坊)があったお母さんを見習うようにして、立ててしまう!ところが、いい御気性ですね。

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 「端境期で、花がなくてー」とおっしゃた Y さん宅のおじょうはん。ほんとにそうです。ありそうで、無いですね。
 しかしあるものを使って、懸命に立てられたことが感じられました。
 紫苑、ふじばかま、鶏頭、唐人草、マリーゴールドに南天の葉、です。

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 岐阜市の T さん宅お取越しでした。正統則天門を習われたことがあります。
 長く伸びているのは木瓜(ボケ)、青いリンドウでした。もちろん、名前は教えてもらったのですが。

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 出ましたね、ミニ盆栽の H 氏宅でのお取越し。盆栽台の下は川舟の古材。ちゃんとリンゴが成っていました。

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 岐阜市でのお取越し、Yさん宅。ケイトウとミニトマトみたいな、ハナナス(花茄子)です。

 ちょうど一宮のお姉さん(80代)も来ておられ、相談を受けました。何年ぶりかでお会いした、人なつっこい女性です。一宮ですから、当然大谷派(お東)です。

 「いっぺんごえんさんに聞きたいことがあって、来たのです。主人を一年前に亡くしましたが、慌てていて本家のお寺さんに頼めず、葬儀屋さんの紹介で遠くから来てもらって、毎月のおじょうはんもしています。それが、羽島の大きなお寺なんです。」
 「問題があるのですか?」
 「毎月ちがうお坊さんがお参りに来られるのです。」「よっぽど経営家なんでしょうね。」

 「それよりも、そんな遠くでは、私がお寺に行けないので、困っているのです。どうしたらいいのでしょうか?」

 わたしはアッと思いました。そして思わず手を合せました。なんてまっとうな人でしょう! なんまんだぶつ…

 もう答えなんかどうでもいいですよね。こんな門徒さんがあるって、一宮のそのお寺さんは幸せだなァと思いました。

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 10月に入っています、念のため。
 岐阜市内で M さん宅のお取越し。萩焼の花入れがとても良いですね。で、この紫色の花?が、分らないのです。最近よく見ますが。
 【後から】 ローゼルという花のようです。


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 相羽の R さん宅のおじょうはんです。ここも花材に困っておられました。
 いよいよ桔梗も終りになりましたから、頼りになるのは百日草(唐人草)だけ、ということです。同感ですが、わが家は百日草もあまり咲きませんでした。

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 先代のおばあちゃんの43回忌、岐阜市内の法事でした。きれいなユリですね。

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 岐阜市内で S さん宅のお取越しです。
 玄関に近づくと、そこには手すりが新設されていました。何だろうか? おばあちゃんが施設から帰ってくる?
 待ち構えていたように、奥さんから知らされたのは、一年前はなんともなかったご主人が急にこの3月、倒れられたのでした。あの、スポーツ指導と野菜作りに余念がなかったご主人が。絶句しました。

 きれいに咲き誇る紫苑の花と千日紅、百日草でした。

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 同家の床の間のお花です。床の間に何も生きた花がないのは、あまりにも寂しいですよね。
 季節を感じさせるコスモスでした。

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 岐阜市の M さん宅でお取越し。とても親しく待っていてくださるお家です。赤い鶏頭と鮮やかな黄色のマリーゴールドが目を引きました。

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 同家の床の間。また会いました、この紫色の見なれない花。柳葉ルイラ草でもなさそうですし…。謎が深まる。
 【後から】 ローゼルという花でした。

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 おじょうはんを勤めてくださる家に行くと、どこもホッとします。相羽の K さん宅です。
 背の順に、ふじばかま、千日紅、紫苑、百日草、ガーベラ、マリーゴールド。
 オッと見落としかけた、ふわふわっと薄紫の花、段菊です。

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 突然、挿入します。大野町文化祭に行って来ました。そのとき出品されていた、遠州流の生徒さんのお花です。
 自分に言い聞かせてみるためなんですが、緑を多く、お花は少なめでも、という好例ではないでしょうか。

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 いつも心いっぱいに生けてくださる、下方の M さん宅で母上の47回忌法要を勤修。
 いやぁ、すごい盛り上がりですね。コメダのシロノワールのように。
 上の方の紫は孔雀アスター、黄色はミニヒマワリでしょうか。

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 窓からの光りが澄みきって来ました。やっと秋かな。
 同家の床の間です。思わずピントが合ったのは、なんといっても素晴らしい色の小菊でした。

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 岐阜市の東部、M さん宅お取越しです。
 「おばあちゃんは、朝から長いこと花をいじっていたけど」とは、笑いながらの息子さんの証言。
 本人いわく「自宅の花でやってみたら、と去年ごえんさんから聞いたから。」と。
 けっこうですねえ。ていねいに立てられてあります。
 玄関先にも、力作がありました。

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 うわぁ、すごい馬力! 男女を問わず、そのひとのパワーがお花に現れますよ。
 意欲的、彼女らしいと感じました。

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 これはまた、先ほどとは対照的な、か弱いお花ぶり。でも、はっきりした心のシンを感じます。体調悪いようですが、こころ落ち着いていてくださいますように。
 大野町の T さん宅のおじょうはんでした。

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 オール・孔雀アスターかと思いきや、上の方に同色の別の花も。
 これが柳葉ルイラ草というのかな。
 相羽の H さん宅でのおじょうはんでした。

 さあ、大型の台風19号が来るそうです。みなさん、御無事で!

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10月の法語 いちばん中心にしているのは?

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人生でいちばん中心にしているべき
御本尊が分らなくなると、
今だけ・金だけ・自分だけ
の “3だけ” になってしまいます。
 (真城義麿)

――― ――― ―――
最後の「 〼」に気を取られないように。枡記号(ますきごう)です。墨で書いていて、余白が足りなくなっただけです。

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YouTube 【お聴聞のすすめ】 ②

 浄勝寺の法務はいよいよ全軒のお内仏にお参りにあがる、お取越しに、すでに突入しています。
 しかし、タフではない自分の身体に疲労が溜らないうちに宮田先生のお話の全国公開をしたいと思っていますので、ビデオ動画の処理に毎日エネルギーを注いでいます。

 お彼岸会の冒頭、講師紹介で、思わず
 「講師の方の紹介に“布教使”という肩書を付けたことは、これまで一度もありません。
 信心(仏様のまごころ)の熱さを感じさせてくださる布教使、求道に苦労をした苦汁を感じさせてくださる布教使に会ったことがなかったからです。もうそういうことはあり得ない時代だと、あきらめていました。
 ところがついに、そんな「信心・廻心の後から布教へ」と足を踏み出すという、いわば王道を歩まれた先生と出会うことができました。善知識がはっきりしておられるかたなればこそ、です。」と申し上げました。

 あれから半月がたちますが、今も (その通りだなァ) と思っています。

 そして何度も何度も彼岸会のお話を聞き直して、そのお話の濃密さに驚嘆しているのですが、いちばんすばらしいメッセージは 『聴聞不足!』(ちょうもんぶそく) でありました。

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 一日中商売や仕事のことを考えているひとが、いっぺんやにへんくらい真剣に聞いたからとて、深い所が分るはずがありません。どうかなんべんも聞き直していただきたいなと思います。

 先生のお話はごじぶんの迷いの体験の深い根底を、光に照らし出されながら語られるという特徴があります。聞かせていただく我々も、やはり自分の闇(やみ)を探りながら、迷いの体験を思い出しながら聞かないと、その御親切 (大悲) はわからないでしょうね。

 というわけで、第2弾のビデオは 午前の部の後半部分です。

YouTube ⇒ 宮田公子先生 聴聞のすすめ ②




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YouTube 【お聴聞のすすめ】 ①

 みなさま、お待たせしました。あの日、その真価をわが目と、わが耳で味わったかたなら、きっと待ち望んでいられたことと思います。

 ついに宮田先生のご法話を YouTube に出しました。第一部だけですが。

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 村山氏が撮影してくださったビデオから取り出した一場面です。
 先生のお話は、内容が明晰でわかりやすく、仏教は、浄土真宗はこんなおしえだったのか! とくっきり理解できる、驚異のご説法です。

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 どうかていねいに聞き直して、味わって下さい。後日、続編をお目にかけます。

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YouTube 【お聴聞のすすめ ①】  ⇒宮田先生 聴聞のすすめ 上


 

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