易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

YouTube 【米原での宮田先生】

 浄勝寺に初めて来られてご法話をしていただいた宮田公子先生は、すぐ次の日にも、滋賀県の米原のお寺さまでご法話をされました。

 こちらは例年のようにお越しいただいているお寺ですから、また別の角度で、細(こまや)かな先生のお話を聞くことになるかもしれません…そう思うと、なんとか米原のお寺の法座にお参りできないものかと思っていました。

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 さいわいお昼前に法務が終ったので、おにぎりひとつを用意して、ビデオ持参で会場に駆けつけました。

 まだ残暑きびしい午後でしたが、お昼からの法席に間に合いました。その録画をご披露して、ともに阿弥陀さまの深いお心の中に降りて行きたいと思います。おそれおおくも弥陀三昧、と云ったらいいのでしょうか、静かな禅定の世界を味わえると思います。

 前席では『一念多念証文 16』にふれながら語られました。「私たちの心を仏さまはどう、見抜いておられたのでしょうか。
 歳をとってもお寺に身を運ぶどころか、そんな気持さえも起らない時代となっています。自分の楽しみ、シャバの楽しみを第一に選んでしまう私たちの心。これをすべて阿弥陀さまは見抜いたうえで、18願を立てられたのです。」と。

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 (品の良い上等の打ち敷き、古くから万事、洗練されたお御堂の設備。こころ洗われました)

 深いお領解ですね。そして厳しい末法の時代観ですね。激しく同感。

 後席では『尊号真像銘文 1』を紹介なさりながら、語ってくださいました。マゴコロについてです。私たちのまごころは、それなりに有るように思ったら、それは浅はかだ。毒が混じっている、見返りを待っている。至心・まごころは凡夫の心ではない、と御開山は見極めておられた。…というところが、私には耳新しく聞こえました。こうしてゆっくり原文を教えてもらえるたと、有難いですね。

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 先生のお話自体が「従果降因」なのでした。南無阿弥陀仏。

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YouTube 【お聴聞のすすめ】 ③

 当寺でのお彼岸の法話、午前中の部は、ユーチューブへ、多くの方からつぎつぎとアクセスされているようです。続けて午後の部も公開することにしました。

 午後の席では、 宮田先生がご出家された、その背景の人生を話してくださいました。さらにその不幸の原因というものに気付かれた、廻(回)心=えしん=の体験も。もちろんその際の善知識のお名前もあきらかになります。

 廻(回)心の体験は、そのひとのそれまでの一生という長い時間に引きずってきた問題の解決、または明るい見通しの獲得ということになりますから、ひとに語るのは非常に難しいことです。
 しかし先生のおかげで、わたし自身ももっと明瞭に自分の苦しみというものを把握したいという意欲が湧いて来ました。

 さて、そのお話の中で ついに出て来た言葉 があります。およそ32分のところです。
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「人は、その人の宿業で、いろんな事が起こって来る…たとえ家族であっても親子であっても。顔かたちがちがうようにね。いろんな事を背負ってこの世に生れてくる。」
「それは、前の生を引きずって、この世に出て来てますからね。」

「私はわたしで、過去世・過去世からの因縁で引きずって、この世に生れて来たんだという、これが分かり信じられなければ、辛いばっかりなんですよ。」
ひとのせいに、したいですからね。」
「この時期に、こういうことに出合うのは、だれのせいでもなかった。わたしの宿業であった。」 「宿業は、先に先に行って、来るのを待っている!」
 ――― ――― ――― ―――
 ほんとうに、私もそう思います。 

 また、故人となられた山口県萩市の河村とし子先生のお話を思い出します。「仏教にはキリスト教には無い過去世という考えが、三世の思想があり、とてもうなづけるのでした。」と、いつも言っておられたことを。

 現代の浄土真宗の法話で、法話者がもっともおびえ、恐れ、敬遠して(いや、一般の聴衆はそんなことには気が付かないものですが)、素知らぬ顔をしているのが、この 宿業 という言葉でしょう。(本山発行の『注釈版 浄土真宗聖典』の補注を見ればわかりますね。)

 それは宿業という自覚でしかおのれの苦しみから解脱出来なかったという、切実な体験が無い僧侶たちで議論されているからでしょう。ほとんどの僧侶に苦しみの自覚の無いまま、教団が動いているのです。
 救われたことのない僧侶が、人を救おうとしている不条理が、まかり通っているということです。
 回心をうるさく言わなくなって、浄土真宗が変貌(へんぼう:別のものになる)してしまったのでしょう。

 そんな現代の状況の中で、宮田先生が正々堂々と、こんせつていねいに、ご自身のすべてを明かしつつ、浄土真宗のかなめを説いて下さいました。稀有な、ありがたいご法縁でしたね。

 しかしながら、ユーチューブ、動画などは仮想体験に過ぎません。じっさいに本堂に座ってお話を聴聞しなければ、まったくだめですね。
 そんな機会をお知らせしますから、ぜひお出かけください。

 ・10月23日(水)10時、13時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で有志の自主法座。
 ・11月19日(火)午前10時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で
 ・12月 6日(金)午前10時から 能登川駅前のビジネスホテル「アズイン東近江」で
 ・12月7日(土)午後2時、7時半、8日(日)7時半、午後1時からは 愛荘町東円堂の東漸寺本堂で。 以上

YouTube ⇒ 宮田公子先生 聴聞のすすめ ③
 


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YouTube 【お聴聞のすすめ】 ②

 浄勝寺の法務はいよいよ全軒のお内仏にお参りにあがる、お取越しに、すでに突入しています。
 しかし、タフではない自分の身体に疲労が溜らないうちに宮田先生のお話の全国公開をしたいと思っていますので、ビデオ動画の処理に毎日エネルギーを注いでいます。

 お彼岸会の冒頭、講師紹介で、思わず
 「講師の方の紹介に“布教使”という肩書を付けたことは、これまで一度もありません。
 信心(仏様のまごころ)の熱さを感じさせてくださる布教使、求道に苦労をした苦汁を感じさせてくださる布教使に会ったことがなかったからです。もうそういうことはあり得ない時代だと、あきらめていました。
 ところがついに、そんな「信心・廻心の後から布教へ」と足を踏み出すという、いわば王道を歩まれた先生と出会うことができました。善知識がはっきりしておられるかたなればこそ、です。」と申し上げました。

 あれから半月がたちますが、今も (その通りだなァ) と思っています。

 そして何度も何度も彼岸会のお話を聞き直して、そのお話の濃密さに驚嘆しているのですが、いちばんすばらしいメッセージは 『聴聞不足!』(ちょうもんぶそく) でありました。

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 一日中商売や仕事のことを考えているひとが、いっぺんやにへんくらい真剣に聞いたからとて、深い所が分るはずがありません。どうかなんべんも聞き直していただきたいなと思います。

 先生のお話はごじぶんの迷いの体験の深い根底を、光に照らし出されながら語られるという特徴があります。聞かせていただく我々も、やはり自分の闇(やみ)を探りながら、迷いの体験を思い出しながら聞かないと、その御親切 (大悲) はわからないでしょうね。

 というわけで、第2弾のビデオは 午前の部の後半部分です。

YouTube ⇒ 宮田公子先生 聴聞のすすめ ②




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YouTube 【お聴聞のすすめ】 ①

 みなさま、お待たせしました。あの日、その真価をわが目と、わが耳で味わったかたなら、きっと待ち望んでいられたことと思います。

 ついに宮田先生のご法話を YouTube に出しました。第一部だけですが。

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 村山氏が撮影してくださったビデオから取り出した一場面です。
 先生のお話は、内容が明晰でわかりやすく、仏教は、浄土真宗はこんなおしえだったのか! とくっきり理解できる、驚異のご説法です。

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 どうかていねいに聞き直して、味わって下さい。後日、続編をお目にかけます。

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YouTube 【お聴聞のすすめ ①】  ⇒宮田先生 聴聞のすすめ 上


 

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歎異抄を深く読みたい

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・『体験の叫び 歎異抄講話』 高橋常雄 著 愛媛県温泉郡三津浜町 四恩協会出版部刊

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 これは、おもしろい、ユニークな、そして法友たちと苦しみを共にして読んだ歎異抄の、報告記というものでしょう。
 それを、大正十五年元旦に書かれた著者45才の「序」が語っています。

「 歎異抄は、親鸞聖人の座談であります。
 聖人を慕う門侶に対して、心おきなく、打ちくつろいで、なんの飾り気もなく、大胆に、率直に、敬虔にご自分の信念を告白せられたものであります。…(中略)…

 私は歎異抄を、過去十数年間に亘って、秋田、岩手、新潟、富山、福井、滋賀、岐阜、三重、大阪、兵庫、広島、島根、大分、福岡、熊本、佐賀の各県下において講じました。

 しかして最後の講話と思って、大正十四年9月27日より三日間、京都・顕道会館において、私の講習会を開き、全国より来会された友を対告衆(たいごうしゅう:聞きて)として、又講じました。本書はその講話を骨子として綴ったものであります。

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 学は浅く、文は拙(つたな)し。上梓(じょうし:出版)するほどの価値をみずから疑ってもみましたが、単なる学解ではなくて、過去数年間、悩ましき胸を抱いて、ようやく恵まれて来た、体験なのでありますから、棄てがたい愛執を感じます。且つ、私の小さい足跡の記録とも存じてますので、おこがましくも上梓したものであります。

 幸いに同朋が、求道の旅における道伴(同伴?)の友にもなれかしと念じています。 著 者 謹 識」


 しぜんな、分りやすい文章。読みやすくて熱い文章だと感じませんか? どうぞもういっぺん、この序文を読んでみて下さい。

 昔から現在にいたるまで、仏教は学解(がくげ:学問として、知識として)で話す僧侶がほとんどです。またはたとえ話。
 わたし自身も、ご自分の信念のバックグラウンドを感じさせる求道者に、なかなか会えなかった気がします。
 今から約80年も前の高橋師ですのに、よくぞ言った!と思いました。
 私も同じく、このような方法、過程をモットーにして、少しずつはっきりと恵まれてきた核心を、ブログという書物に公開しているつもりです。

 浄勝寺では現在、毎週第2火曜日の夜8時から「れんげ会」という座談会を開いています。
 長いあいだ、自分には重荷すぎると感じていた『歎異抄』を、この歳になってようやくお話しできるような気がして、第2章を5回ほどくりかえし、繰り返しお話しています。歎異抄を読んでみたいかたは、どなたでも来てください。

 わたしの領解は又の機会に述べるとして、その第2章の一句を高橋師はどう語られているかだけ、ご紹介しましょう。

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「  第六講  33・よき人
 『よき人の仰せをこうむりて信ずるほかに別の子細はそうらわず』

よき人とは真の知識ということである。教えられた先生は10人20人とあっても、直ちに真の知識とは云えぬ。魂からの自覚を与え、永遠に生きる道を教えてくれた人が真の知識であります。
 私に今の信念を基礎を作ってくれた人は、多い師匠の中にあって、三州の今井昇道先生であります。 
 親鸞聖人は9才の歳から29才までも教養を受けられた叡山の慈鎮和尚を真の知識と仰せられずに、29才の春、わずかに一度の面謁にて魂の目を開かせていただかれた吉水の法然上人を真の知識と仰いで、その後6ケ年間教えを受けられて、この師教の恩に対して、高僧和讃に20首の讃仰歌を捧げていられる。(※源空讃といいます)その中に

 嚝劫多生こうごうたしょうのあいだにも 出離の強縁ごうえん知らざりき
 本師源空いまさずば このたび空しく過ぎなまし

 真の知識にあうことは 難きがなかになお かたし
 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりに しくぞなき

とまで敬慕讃仰していられます。(※じぶんのこと・衆生を流転輪廻の凡夫、嚝劫多生の群生ぐんじょうといわれます)

 越前金津の香月院こうがついん師の墓碑の傍らに、小さい苔むす墓石がある。誰のですかと尋ねると、三河の国の長松ちょうまつ様のだと答えられる。
 百里も隔てる越前と三河、なぜにここに石碑があるのですかと尋ねると、案内してくだされたお寺の母堂はこう教えてくだされた。「わしが死んだら香月院師のおそばに骨を納めてほしい。厚い教えを受けたお師匠じゃもの、死んでも離れたくない」との長松様の遺言でここに納めたのだと聞き伝えていますとのことであった。
 慕われる人も尊いが、慕う人も尊いと思われて、私は身が凛然としたことを思い出す。…(中略)…

 私は思う。先生はいつまでも尋常の教員でいても、生徒は修行して末には博士にでも大臣にでもなる。信仰もその通りで、布教師は相変わらず阿弥陀物語の一幕や、法文義文を語っていても、聞き手の人が真剣に求めるなれば、信仰は段々進展し、堂奥に入ります。もしも信仰が進展せずに止とどまるならば、それは真の信仰ではなくて概念である。
 信仰は、生ける私の魂に与えられた、活ける如来の魂であるのだもの、活動もし進展もする者であります。…(以下略)… 」

 これが「よき人」についての高橋師の解説のほんの一部です。
 少しは親鸞聖人の2つのご和讃も味わえ、また学解という言葉もお分かりいただけたかと思います。
 味わうというのは、本人(親鸞聖人)になったつもりで、この和讃の意味を考えるということです。浄土真宗は、ほんらい自分で考える仏教です。いや、考えさせていただける、温かい光に包まれた仏教だったはずです。

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