易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

おとなと子供の仏教学校

 にちよう学校というものは、何年か前から子どもさんが来ないので出来なくなっていましたが、じつはそのままずっと毎週 「おとなの・日曜学校」?が続いているのです。

 すぐに聞かれるのは「何人くらい、おられますか?」という質問ですが、まったく人数のことは考えに入れていません。
 一人だけのことも、二人のこともあります。中学生や高校生も立ち寄る日もあります。すなおに全員でごえんさんのお話を楽しんでおられます。

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 日曜日の朝8時から開始。10分間の雑巾がけ、お正信偈・和讃くりよみ。『こどもブッダの教え』を一枚輪読しておしまい。おやつをもらって、9時解散です。

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 9月13日にいっしょに読んだページです。
 ほんとうは右隅の細い字は読まなくてもいい箇所ですが、いちおう読んでもらいます。読みにくいし、意味も分かりにくい文ですが、いわゆる【ブッダの言葉】の原文です。

 大きな太い字のところが当たった人はラクに読めるでしょう。でも、難しいところは、がんばらないで、たどたどしく、ゆっくり読めばいいのです。ごえんさんがフォローしますから心配しないで。

 自分の子といえば分かりますね? 己が子です。自分のたったひとりの子供、といえば分かりますね? 大事なひとりの子どものことです。これを合わせて「己が独り子」といってあるだけです。こんな言い方は読みにくいし、分かりにくいです。日本語として、聞きにくいですね。

一切の生きとし生けるものに対しても、といえば普通に分かるのに、「生きとし生けるものどもに」と書いてあるので、よけいに分かりにくいのです。

 3行目も分かりにくいカッコです。私も考え込みました。無量の心といっても、何のことやら…と思われるでしょう? では「慈しみ(かわいい、かわいそうという気持ち)の心」といえば少しは分るでしょう。
 あらゆる生きものに対して同じように、平等に愛情を降り注ぎなさいよというのが主旨ですから、どんな生きものも「心」を持っているのですよということ。すなわち心は無量にあると思うべきなのです。ハートの絵がいくつの並んでいるようなイメージですね。

 3000年も昔のインドの言葉を日本語に直したものですから、ちょっと言い方がゴツイと思ってください。

 お釈迦様の仏教の、いちばんベースにある教え、「生きものの命、おたがいにたいせつに。殺生はいけません。」という尊い教えが述べられています。

 このことばにおいての心の修行(トレーニング)は、「自分の大事な子どもが苦しんでいたら、親というのは死ぬほど苦しいですよね。」ということですが、これがよく分かるのなら、人間らしく生きておられるアナタなのですし、なかなか辛抱強く、苦しい人生を歩んで来られたアナタだといえます。

 でも、頭では分かるけれど…としか思い当たらぬのなら、「そういう苦しみはどういう感じなのだろう」と、なんども想像する訓練をするようにしましょう。人の苦しみを想像で味わってみるのも、とても尊い心の修行です。

 さて仏教では、子どものピンチの時の親の苦しみを「一子地」、我が子を可哀そう、助けてやりたいという気持ち・境地を広げたものを、イッシジと言います。慈悲の心です。無量の相手に対して一子地を持った仏様を、阿弥陀様といいます。ナモアミダブツ。…………

 よろしければ日曜日にお出かけください。お正信偈がすらすら読めるようになりますし、お釈迦さまのことばを、ゆっくり勉強できますよ。

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新しい教科書・2月の日曜学校

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 にちよう学校でお経のけいこの後、1ページだけ読む、教科書の第2弾です。
 去年は『ブッダがせんせい』(仏教伝道協会)をひととおり読み終えましたが、終りに行くほど物足りない文章でしたから、くりかえし読むのはいやでした。

 この本は近くの掛かりつけのお医者さん【国枝医院】(大野町黒野)の待合室で見つけました。
 斎藤孝先生は…調子が良いので、ちょっと迷いましたが、じっさいに本を開けてみると(なかなかいいじゃないか)とうれしくなったので、使うことにしました。
 子どもの生徒は1名、大人が1名の出席でしたが。

 2月3日(日)は、最初のページです。(日本図書センター発行)

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  どうです? なかなか良いでしょ?


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昔話すごろくはタイムマシン

 霜でまっ白の朝の日曜学校でした。
 ごえんさんたちも入れて総勢5人でしたので、久しぶりにスゴロクをしました。江戸時代に使われたものの、復刻版です。

 はじまりは フリダシといいます。サイコロを振るからです。

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 とても華麗です。字は右から左に書かれています。
 おしまいは、アガリと言います。

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 このゲームで遊ぶこと自体が、すなわち「タイムスリップ」であり「タイムマシン」に乗ったことになりますね?
 みんな、上がりそうでなかなか最後は上がれませんでした。くやしがるように、うまく作ってあります。

 どうやって手に入れたか?
 「40年以上前、まだ子どもがいなかったころ、名古屋・松坂屋の民芸品売り場だったかで、たしか300円くらいで買ったものです。」とのこと。
 人生、何が役に立つかわからないものですね。

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お寺に来る子の直観力が、頼もしい

 朝が寒くなりました。

 それでもちゃんと朝8時にはお寺に来てくれる子どもがいて、その子たちのたましい・直観力が、頼もしいです。
 どうか鋭敏で、くまなくこの世を観察できる眼力が、どの子にも育ちますように!

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 11月25日 の日曜学校は、お正信偈のけいこの後、ゴム風船バレーで遊びました。
 小6が2名、小4、小2、7年生(おとな)1名、オジサン、オバサンですから合計7人もいました。
 おとなにとっては、子どもたちに遊んでもらった、フーフーという体感です。
 9時には終了し、お菓子を配ってさようなら、でした。

 さて来週はどんな顔ぶれになるかな。

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日曜の朝は、お寺へ来ませんか

 10月21日の日曜日は秋晴れの好天でした。
 8時からのにちよう学校は、小学生1人、大人2人に高校生1名という顔ぶれでした。
 事実上、小学生の日曜学校という集まりではなくなっているようです。おとなも来てください、朝のお参りをいっしょにしませんか。――そんな気持ちで続けています。

 この日の遊びはゲームではなく、ごえんさんの初演となる 『落語紙芝居 たぬき』でした。

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