易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

春彼岸会永代経

    住職法話  法事のこころ

     ◆おとむらい上げ 
 きょうはここのおばあさんの五十回忌(ごじゅっかいき)のご法事をつとめられました。
  五十回忌(ごじゅっかいき)は最後(さいご)の法事ということで、オトリアゲだと言うかたがありますが、だれかが法事の機会(きかい)を取り上げてしまうわけではありません。ほんとうはオトイアゲ(問上げ)、オトムライ上(あ)ゲのようです。おとむらい、つまりお葬式(そうしき)の一連(いちれん)の仏事(ぶつじ)がとうとう終わるということです。
 弔(とむら)うという古い言葉は、もともと訪問(ほうもん)する・訪(たず)ねるという意味の訪(とぶら)う、から来ています。出向(でむ)いていく、お見舞(みま)いする、なぐさめる。「どうやね」といって声をかけるわけですね。
 お葬式(そうしき)がすんでも五十年間は、家族が仏様にお参りをするきっかけを作ってくださったのです。法事がなかったらお経なんか読まないかもしれません。お坊(ぼう)さんの話も聞かなかったかもしれません。

      ◆生と死は別ではなく
 もう十年以上まえに亡(な)くなられましたが、内山興正(うちやまこうしょう)という禅宗(ぜんしゅう)のお坊(ぼう)さんのことばに、

  老(お)い最後
  生死(しょうじ)一つの
  いのち知る
  生(せい)と死(し)でなく
  生死(しょうじ)一つの。

というみじかい詩があります。
 仏教ではわたしたちの生命(せいめい)を生死(せいし)とはいわず、かならず生死(しょうじ)(しょうじ)と読みます。生きているあいだだけが命ではないということでしょう。じぶんの命は過去(かこ)から来て、未来に流(なが)れている…という仏教のいちばん根底(こんてい)にある、この宇宙的(うちゅうてき)な感覚(かんかく)がなかなかつかめないのが現代の日本人ではないでしょうか。
 親鸞(しんらん)聖人(しょうにん)は「生死(しょうじ)の大海(だいかい)きわもなし」「生死(しょうじ)はなはだ尽(つ)きがたし」。仏様に出会(であ)うことがなかったら、生きている間も死んだ後も迷(まよ)いが終わらないのですよといわれています。

      ◆ 老僧(ろうそう)の七回忌―やあ、こんにちは
 わが家でも昨年(さくねん)十一月の末に老僧(ろうそう)・唯読院釈瑞鳳(ゆいどくいんしゃくずいほう) 師(し)(享年(きょうねん)八十八歳)の七回忌をつとめました。早いものです。お寺の法事もやはりよそのお寺さんを頼(たの)んで勤(つと)めなければなりませんので、半年ほど前から師匠寺(ししょうじ)へお願いに行って、御門徒(ごもんと)の皆さんと同じような形でつとめたのでした。
 父の一生(いっしょう)をまとめるとどういうことになるのか…折(おり)にふれて考えさせられたこの六年間でした。残ったアルバムの中でいちばんうれしそうな表情(ひょうじょう)をしていた写真はどれだったか。父から言われたことばで今も思い出せるのはどんなことばか、じぶんなりに探(さが)しながら法事を迎(むか)えました。
 その父が帳面(ノート)に残していた戯れ歌(ざ  うた)のひとつに、

   わが墓(はか)に 南無阿弥陀仏は おこがまし
     「やあ こんにちは」 と 彫(ほ)れぬものかな

というのがありました。ちょっとへそ曲がりの、そして本音(ほんね)を隠(かく)しておけない老僧(ろうそう)らしいうただと思って、集まった縁者(えんじゃ)たちにも披露(ひろう)いたしました。
 生死(しょうじ)はひとつ、死んだ後の法事もお弔(とむら)いのつづき、声をかけることの延長(えんちょう)だと言いましたが、法事をつとめますと、亡(な)き人のほうからも「やあ、こんにちは。」と声を掛(か)けてもらえるようです。
 ご法事をつとめるということは、相手(あいて)の気持ちをうかがう、こころを聞くということでもありました。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。
     【平成二十六年三月十五日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】



倶会一処の法名の世界
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渡辺先生
        雨の中のお参り 渡辺先生御法話

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