易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

11月28日(金)―― 本年さいごの写経の会

 参加者から、柿のお供えが仏前に上がりました。 
 仏教では三帰依(さんきえ)を一番の重要事項としています。仏教徒は仏・法・僧(ぶっぽうそう)をじぶんの宝とすることだというのです。仏は仏様、法は教えつまりお経です。これはすぐわかるでしょう。
 ところが最後の僧(そう)は、お坊さまのことではありません。僧伽(サンガ)といって、ほかの人とのつながり、結び付きのことです。仏様を拝めるようにならないと、良い人間関係が出来ないということです。
 お寺の行事もすべて、みなさんの家の仏事もすべて、良いつながりを持つために行われるのです。この写経の会も気持ちの良いつながりを目標にしたいですね。以上、ひとくち法話でした。
 いよいよストーブが有難くなりました。また、来春、温かくなったら再開しましょう。
 終わった後のお抹茶には、おさつでこしらえた、いもきんとん が出ました。この時間も、僧伽(サンガ)のよろこび、おとなの楽しみというものです。


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紅葉がまっさかりです

    境内(けいだい)はドウダンやもみじの紅葉がまっさかりとなりました。

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ご法話の出前に――11月18日

 いろんなつながりと、ご縁が重なって、グループホームで暮らしておられるかたがたの前でご法話をさせてもらいました。毎日おつとめの時間がとられている、恵まれた、あたたかい施設です。《谷汲ひまわり》
 お正信偈の後、20分ほどのお話ができるかな…という見当でした。それぞれの入所者はお元気なうちに何度も何十年も仏さまのお話を聞いた体験を積み重ねられてこられたかたがほとんどだと思いますが、いまや残念ながら聞きとる力は薄くなってみえることでしょう。
 しかしながら、お坊様の前に出られたらおとなしくしていること、仏さまのお話は大切に聞くものだという感覚は確実に身につけておられました。からだが、姿勢が身に着くというのが、すばらしいことですね。なんまんだぶつ…。これからは、こういう、ある意味でかわいらしい老人は少なくなってゆくでしょう。わたしたちはいったいどんな老人になるでしょうか。(もう、なりはじめていますけれど。)
 お世話をなさるスタッフの方々のほうが、仏教を聴聞 (ちょうもん) することは不慣れなのかもしれません。ご法話を聞く=聴聞=体験の有る無しにかかわらず、いちばん基本から、あらためて仏教を聞いていただかねば、と準備をして出かけました。

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 入所者の方の顔を隠すのもあまりにさびしいことですが、望まれない方もあるでしょうから、みんな仏さまのように光り輝いてよくわからないように、変身してもらいました。

 ①人生は生きている間だけではありません。生死(しょうじ)といって、ひとつづきのものですよ。
 ②この部屋は8個の電球がともって、あかるいですが、私たちの心の中は暗闇です。見えません。ここの暗さを光り照らして教えて下さる仏教です。
 ③お釈迦さまから親鸞さままでのあいだに。七人の高僧がおられました。教えの先祖がたです。血のつながりもですが、心のつながり、気持ちの通い合いがある人こそ、ほんとうの肉親です。ここはひまわり家族という、場所だと思います。

 趣旨は以上ですが、生きている方がたとは、いつでも真剣勝負。アドリブなしでは終わりませんでした。

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はじめての 七 五 三 詣り――11月16日

日曜日の午後から、七五三まいり を開きました。
おつとめ、色紙くばり、千歳あめ、記念撮影、ビンゴゲームという内容です。

色紙のことば
 「 ハイ のいえる こ
         すなおな こ 」


飴は長野県松本市で150年も昔からつづけておられる、伝統ある飴を選びました。むすめの家族も参加してくれた、その記念写真です。
七五三まいりをご希望の方は、お寺までご連絡ください。

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11月の法語 ジャクリーヌさん

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     この世を離れ
  るときは、形は変
  わるだけで、一人一人の
  存在は現在
  過去未来の中で消えません
  から、やっぱり生れたことは虚
  しいことではありません。(藤田ジャクリーヌ)


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     1988 10月10日、滋賀県のお寺で聴聞したときのことばです。

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