易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

お盆のころから

 お盆も過ぎて台風が近づいたら、ようやく涼しくなり始めました。雑草もものすごいことになっていますが。咲いているお花は急に、減りはじめました。

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 ちょっと前になりますが、発表が遅れたものです。高砂ユリでしょうか。涼しそうです。白とえんじの小菊は使いやすそうです。
 左下にはキクイモモドキと千日紅が顔を出していました。下方の M さんが畑で作られたお花です。


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 同じお宅の玄関先のお花も登場してもらいましょう。白い カクトラノオ(角 虎の尾)もあるんですねぇ。
 黄色はひょっとしたら、特定外来生物として、駆除が求められている オオキンケイギクではありませんか? はなやかに道端や河原に生えている花ですが、絶やさねばならないもののようです。
 環境省の資料から見ますと、
おおきんけいぎく 合成_convert_20160830120722 となっています。


改 脩司氏 8月15日 WIN_20160814_193604_convert_20160830114605

 お盆にお参りに行ったわけではありませんが、タブレットから私の求めに応じて送信してくださったお仏花です。
 すずしげな薄紫のカクトラノオ、白いユリ、白菊、赤いセンニチコウ、マリーゴールド、そして定番のほおずきですね。よくこんなにお花を世話されるなぁと思います。下方の M さん宅。


改 脩司氏 WIN_20160823_141744_convert_20160829210832

 きれいですよね。お花の名前がわからないので、尋ねましたら、いちばん上の白い花は「残念ながら、わかりません」ということです。木の枝に咲いています。春にはいっぱい咲いてくれたそうです。お分かりのかたはご一報ください。
 右側にはピンクと赤のコスモス、黄色のマリーゴールドです。左側は白と紫のトルコキキョウ。これは種から育てられたそうです。下方 M さん、がんばられます。


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 これは、珍しい花のお仏花でした。まん中の奥、シンは高野マキ。その右のものは?――と聞きますと、フウチソウとのこと。わが家にあるフウチソウはもう少し葉が長いですが…。
 濃い紫の小菊、白の小菊。オレンジ色のマリーゴールド、前置きにあるのは黄色い唐人草。
 流し、控えに当たる花(葉)が珍しかったです。「白の、シュウカイドウ :秋海棠:ですよ」とおっしゃる。そんなものがあるんですね。葉の葉脈が少し赤いようです。 
 本巣市軽海の E さん宅、百か日のお参りで。お嫁さんのスマートフォンから。


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 矢羽根ススキの穂が出始めたようです。赤い百日草(唐人草)。黄色の菊は何というのでしょうか、うちにもありますが、ここのは花も葉っぱもみずみずしいです。
 右側にはオウゴンタヌキマメという、御大層な名前の花の実が。相羽の A さん宅でした。


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 本巣市の T さん宅です。ミニひまわり、千日紅、ケイトウ、菊、唐人草、そしてほおずきと、じつに多種のお花が使われました。集めるのも大変だったと思います。


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 この角虎の尾が、この季節を感じさせますね。ピンクの花はアオイかなと思ったのですが、聞いてみると菊なんだそうです。そういえば、葉っぱがアオイとはちがいますよね。 相羽の Y さん宅でした。

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8月27日(土)の 夏まつり

 午後3時から夏まつりを開きました。
 連日暑くて苦しいこの夏でしたが、前夜の雨のせいでしょうか、過ごしやすい午後となりました。
 また当初の予定が日曜から変更となり、子どもたちは集まりにくかったようでした。

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 参加者全員でお勤めしました。いろんな方が顔を出して下されたので、にぎやかなものです。ごえんさんの「5問 クイズ」もありました。
 「男の子と女の子がいました。池に落ちたのはどっち?」 などです。

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 かき氷やさんを担当してくださったのは 行事初参加の M さん。毎週の生徒さん(7年生)でもあります。M さんらしく、氷の旗もきっちりと固定されています。

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 流しそうめんのようすです。 これも7年生?生徒である Y さんが一手に引き受けてくださいました。お台所でそうめんをゆでる、暑い仕事には6人の女性が当たってくださいました。おかげでたっぷりとおいしいそうめんを食べれました。

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       派手ではないが、おいしいと思います。

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 名古屋のお菓子屋さんが製作したもので、デザインに惹かれました。でも、ほんとにプルプルっとなるのかな?

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  スパイラルフライヤー というのだそうです。よく飛びました。本堂の屋根まで上がります!

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     宝箱―― このくじがないと、みんなから文句が出ます。

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女子専用の? クジです。なかなかお目当てが当たりませんでした。

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 お店屋さんごっこの商品から。本年は名古屋のおもちゃ問屋街、明道町まで出かけて探してきました。久しぶりに「ヘビクジ」(げてもの)も出ました。

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 5時過ぎの記念写真です。だいぶみんな、疲れていますね。女の子たちから挑発されて、私もいっしょに水てっぽうの水かけっこも出来ました。
 また、女性陣には、アズキおはぎ、きな粉おはぎも作って食べさせていただきました。10円バザーを出店してくださる方もあり、住職も役に立つ袋物をいただきました。
 少ない人数でしたが、たっぷりの用意をしておいて、ぜいたくに(といっても500円だけの自由ですが)、かつ温かく、大人側もゆったりと、いやな思いもせず、豊かなひとときを過ごしました。ムダがあってこそのゴージャスでした。
 これも人生の至福の時かもしれませんね 合掌

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マインドコントロールの体験者が語る

・ 瓜生崇 『さよなら親鸞会』  サンガ伝道叢書


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 お盆会の法話のあと、来ていただいた K師 と歓談中に、私が読んでいない書物のはなしが出てきました。石川県の藤場俊基師の本のようでした。
 その本を自分も読まなければと思って、調べていたら、この本のあることも知り、ぜひとも読みたくなり、注文しました。

 お西のお寺さんならどなたもごぞんじの、親鸞会から、しかも講師であられたのに抜けだされた瓜生師の ≪人生の軌跡≫です。(『人生の軌跡』ーといえば私にとっては、米沢先生のおなつかしい著書の1冊でもあります)

 著者は現在、大谷派、お東のお寺の住職と聞いていましたが、「どうしてそうなったのかな…」というのが、いちばん知りたかったことでした。
 親鸞会のトップである高森 顕徹師は昭和30年ごろから西本願寺派を離脱していった宗教団体ですから、本願寺色(お西)が濃い団体だろうと、思われます。ところが、著者のものすごい努力と呼応するように、人生は思いもよらない展開を見せて、大谷派のお寺に入られたのでした。―‐

 確執のあったお父上との最期の交流、とても読み応えがあります。
 また、著者の聞法の姿勢、熱心さ、すなおさが素晴らしいですよ。
 いっぱんにお寺さんはご門徒のお聴聞の多い少ないばかり気にしていますが、自分にとっての仏教が何であるかを、ろくに考えない、求道や信心に無関心な人も多いのですが…。

 お西のお寺さんなら、ぜひご一読をおすすめしたいです。 価格はタッタ 300円。この叢書(サンガ伝道叢書)は近来めずらしく、意欲的な出版だと思いました。

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たましいとの付き合いかたも文化です

    【8月23日(火) ひまわり でのお話】

     学校の勉強も仏教の役に立つよ

 きょうは谷汲中学の生徒さんもボランティアというのでしょうか、来ておられ、いっしょにお話を聞いてもらえるのですね。中学では古文の勉強が始まりましたか? 今の中学生も徒然草とか枕草子とかを読むのでしょうか。

 じつは古文を勉強しておくと、将来は親鸞聖人のお手紙も読んでわかるようになるし、高校生になって漢文を勉強しますと、いま上げたお正信偈の意味も自分で分かるようになりますから、ぜひきちんと勉強してくださいね。

    タマシイとのつきあい方の文化

 さて、お盆がすんだところですから、お盆についてお話をしてみようと思います。
 みなさんはどなたも、たぶん100%お墓参りには行かれたと思いますが、ほんとうはまず「お出迎え」にお墓へ行って、十四、十五、十六日の三日、お家で「おもてなし」をして、最後に「お見送り」に行くのが正式だったようです。
 今でも静岡市内あたりでは初日の朝、サラリーマンが家から出るころ、どこの家の玄関先でも、小さな火を焚いて、迎え火としていると聞いたことがあります。

 また家の中のお仏壇に、キュウリで作った馬とナスビで作った牛をお供えしてあるのを見た人もあるでしょう。
 御先祖が帰って来られるときは「馬に乗って、早く帰ってきて」。帰られるときは「そんなに急がず、ゆっくり帰って行けばええよ」と。
 この「お迎えのお墓参り」と「お見送りのお墓参り」とを1つにまとめた省略形が、みなさんが今年も行かれたお盆のお墓参りなんでしょうね。

 そこに見られるのはタマシイにたいする愛情なんです。嫌いなら「帰って来るな!」ですから。

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 お客様が来られても、早く帰ってほしいときには、昔はどうしたか知っていますか? あ、ご存知の方もあるのですね、そうです。ほうきを逆さに立てたものですね。これは反・愛情表現のおまじないでしょう。
 お盆は仏教よりずっと前に日本人が作り上げた、御先祖のタマシイとの付き合い方の文化だと思います。

   お葬式も仏教より前から積み上げられてきた文化

 お通夜というのも日本人の古代から続いてきたしきたりであり、文化なんです。誰かが亡くなった、それ燃やしてしまえ、埋めてしまえ、ではないのです。もしもそんな仕打ちを受けたら――私が、ですよ。あなただって――いやでしょう? 親のいる家に帰って行きたい、なつかしい我が家にいちどはもどりたい…と、私やあなたなら、死んだタマシイの本音は強く思うでしょう。私は、じぶんの本音というものがタマシイだと思っています。 
 それで、死んだ人が気が済むように、まず自宅へ引き取り、お葬式の前の晩は、ワイワイガヤガヤとそばについていてあげるのが「通夜、夜を通して」だったのです。「ちゃんとそばにおるからね、心配せんといてね」という、やさしい心の表現だと思います。お葬式は最後の親孝行なんですよ。

 これが反対に、「遺体を家へ戻したら、その前に部屋の片づけをしとかなならんし、掃除もせんならん。めんどくさい。直接にホールへ送ろう。」と言われたら、タマシイの本音はどう思うでしょう。
 おそらく「なんという冷たい家族や! わしの最後のお別れ儀式だというのに。手抜きすることばかり考えて! これがお前たちの本音か、恨んでやる…。」ということにならないでしょうか。

 目には見えないものごとでも、恐れなければならないものがある。注意して、慎重に対応しようというのが、「文化」というものです。

     お盆には殺生するな!

 昔の人は、目に見えないものにも真剣でした。私が小学校五、六年生のころ、夏休みになると一番の楽しみは、裏の小川で魚とりをすることでした。
 とくにこの絵のようなビンを使って、中に少しのコヌカを入れて、仕掛けを作っておくと、夕方入れておけば翌朝にはビンの中には小魚がウヨウヨ、ピチピチしていたのです。見たことない? 黒野の美濃屋に売ってました。

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 これを木のミカン箱でこしらえた「生け簀(いけす)」に貯めておいたのです。

 それがお盆が近付くと、今は亡(な)き父がその川までやって来て、恐(こわ)い顔をして申(もう)し渡(わた)すのです。「もうすぐお盆や。魚(さかな)はぜんぶ、逃(に)がしたらなあかん。お盆(ぼん)の間(あいだ)だけでも、殺生(せっしょう)したらあかん。わしが見とる前で、みんな逃がしたれ。」ほんとうに残念(ざんねん)で残念で、その時は父を心から恨(うら)みました。

 やっぱり同じような年代のご門徒さんも、父親に「お盆の間は殺生したらあかんぞ!」と厳しく言われて、大変困った体験があったと、先日のご法事で聞きました。
 そのかたは、1年365日の間、たった三日間くらい殺生を止めたって、何の意味があるんやと思ったそうです。

    仏教の特徴

 そうそう、仏教では殺人と言わずに「殺生」というのです。せっしょうと読みます。人間だけではない、ほかの生き物もなるだけ殺すな。この点がキリスト教やイスラム教なんかと違うところです。

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 人間が自分で選んで人間に生まれてきたのではないように、魚や牛もまた選んで魚に生まれてきたのではないのだから、お互いの命を尊重しようというのが、お釈迦様の繊細で、鋭いご指摘でした。

 芥川龍之介の有名な作品に『蜘蛛(くも)の糸』があるでしょう。知ってますか。悪いことばかりして地獄に落ちていた男の所へ一本のクモの糸が極楽から降りてきた―という話ですね。
 なぜ救いの糸がおりてきたかと言いますと、その悪人が一生の間いっぺんだけ、クモを踏みつぶさずに助けたことがあったからです。

 それならお盆三日間の間も、殺生をしんぼうしたら、三倍以上あの世で助かるチャンスがあるのかも…という事かも知れませんね(笑い)。

    せめて、という細やかな心

 それはともかく、「たった三日間」というのも、私は「せめてこの時だけ」と考え直してみたらどうかなと思うのです。
 たとえば仏教では本来殺生禁止の精神から言えば、法事の料理は精進料理が正式です。「せめて、親の命日の法事くらい守ろう」なんです。

 しかし現実にはそれも、難しい事情があるのです。そこでオトキの料理は、エビ、魚、さしみのほか、最近では豚肉、牛肉も出てくるようになりました。
 でも必ず、オトキのお膳にはどこかに「せめてこれだけでも精進料理ですよ」という、ちいさなメッセージの食べ物がありますが、わかるでしょうか?
 小さなお皿にのった「ごま豆腐」であり、「さしみこんにゃく」などです。

 わたしはこの「せめて」とか「たったこれだけですが」という出し方も、なかなか味があるなぁと思います。
 たった三日間というのも、本来の道(こころ・ざし)を忘れ去ったのではないということですから。
 一年中殺生しないという優等生な仏教は自分には無理だけれど、「せめて…だけは」という凡人の仏教は、ゆるいけれどもこれもまた、広い心の仏教ではないかと思います。

 我(わ)が子の死んだ先のことまで心配(しんぱい)して、昔の親(おや)は子育てをしていたのですね。ほんとうの愛情というものは先(さき)の先(さき)まで見通したものだとつくづく思います。

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8月17日 午前中 うらぼんえ法要

 17日は、もうれつな暑さの日でした。開始30分前になっても、参詣者のすがたが見えません…どうなるかと心配しました。
 しかしぼつぼつ蒸し暑い日差しの中をお参りなさる方が集まって来られほっとしました。
 講師の纐纈先生はていねいに、公平な語り口で、親鸞聖人の実像に迫ってくださいました。

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 住職(わたし)も、師のきちんとした論理に安心して聴聞していました。
 最近頭髪を5ミリから3ミリに変えましたので、いちだんとお坊さんらしくなりました。しおらしいのはアタマだけかも知れませんが。

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 下陣(げじん)の参詣者に 男性側 というのが出現しました。

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 そのぶん、南側に女性側がありました。あんきに聞けるなら、どんな並び方でもいいですよね。

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 本日の講話の焦点は、親鸞聖人のご長男である善鸞を、聖人が84歳の時、義絶なさった(親子の縁を切られた)という事件についてでした。
 親鸞聖人は「親にウソをつくようなことは、親殺しだ。五逆罪だ。」としかりなさったこと。自分が伝えてきたお念仏の教えを守るためには、縁切りもなさった、その御心痛やいかばかりか…と思ったこと。くっきりした輪郭を感じました。
 参詣の皆さんが、この暑さの中で、このていねいな講義を最後まで聞けるというのが、すばらしいと驚嘆しました。
 お供えはかわいらしい「プッチンプリン」でした。試食してみたら、とてもおいしかったからです。

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 前日に立てたお花ですが、一部は当日朝、取り換えねばなりませんでした。
 裏のお花畑に、白いアジサイが2種類まだ咲いていました。ヒオオギの花色は、乾いた暑さが続いたせいか、うすいオレンジで、さびしかったです。紫苑がやっと咲き始めました。

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御開山の前。ヒオオギと高砂ユリばかりです。

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 御代前のお仏花。うすい紫のカクトラノオ、桔梗、さるすべり。これぐらいしか使うものが無い今の花畑でした。

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寺報 №159   今度はどこに行きますか

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                          相羽のご門徒宅の庭で

 【住 職 法 話】  今度はどこに行きますか

   おそうしきは全部、家族葬(かぞくそう)ですよ
 だれもが永久(えいきゅう)不変(ふへん)であると思ってきたお葬式も、このごろではご連絡があるたびに、今度はいったいどんなふうにやるのか、と周(まわ)りの人たちもお寺さんも、見当(けんとう)がつかない事態(じたい)に立ち至(いた)っています。

 とくに「家族葬(かぞくそう)で…」と言い出されると、町内(ちょうない)もお手伝いにとまどい、老人会も香典(こうでん)の持って行きように困(こま)り、ご近所の年配(ねんぱい)のお仲間(なかま)もその会場へ自分で行けなくて弱り、そしてお寺はというと、そのつど打ち合せや連絡をしてくださるご近所の連絡役(れんらくやく)を無(な)しで進めて行かねばならないことになり、ハラハラしづめの対応(たいおう)が待(ま)っているのです。

 宗教(しゅうきょう)としてお葬式を執(と)り行うとなると、目に見えない「たましい」に対しての態度(たいど)も考えなければなりません。専門の業者側(ぎょうしゃがわ)には当家(とうけ)に喜ばれることだけしか頭にない、宗教(しゅうきょう)心(しん)の薄(うす)い人も多(おお)いのです。

 それで家族葬(かぞくそう)でと言われると、まず「お葬式はぜんぶ、家族葬(かぞくそう)ですよ。家族がやらなくて、だれがするんですか。もし会社の社長さんだったら社葬(しゃそう)もあるでしょうけど。」と答えるようになりました。

    家族葬(かぞくそう)なら自分の家で
 そして「小人数(こにんずう)で、家族葬(かぞくそう)でやりたいなら、おうちで、ご自宅(じたく)で行うといいですよ。道具を部分的に貸(か)してくれる親切(しんせつ)な業者(ぎょうしゃ)もありますからお金もかからないし、亡(な)くなられたご本人(ほんにん)のたましいも『うちに置(お)いてもらえる…』と喜ばれますよ。家族葬(かぞくそう)をホールまで出かけてやりたいという理由が、わかりません。」と言いたくなります。

 それに対してたいていは、「家の中が散(ち)らかっているから」
「近所(きんじょ)の人に手伝ってもらうのが心苦(こころぐる)しいから。」「みんなに来てほしくないから」
「経済的な理由で」などと、わけのわからない、なんとなく聞きづらい答(こた)えが返(かえ)って来ます。

     仏教との断絶(だんぜつ)
 いちいち体裁(ていさい)をつけておっしゃる、その胸(むね)の内(うち)を透視(とうし)する超能力(ちょうのうりょく)が私にあるわけではありませんが、「人間の死」を軽(かる)く考えておられるかたが急増(きゅうぞう)しているからではないでしょうか。

 浄土(じょうど)真宗のお寺さんとしては、お葬式は軽く考えて、そのぶん聞法(もんぽう)をずっと重(おも)く考えるというのなら、それは本来(ほんらい)のお寺のすがたに近づいたことになりますから有難(ありがた)いことですが、聞法(もんぽう)にも心(しん)を寄(よ)せずにお葬式も軽く考えるというのでは、お葬式というかぼそい仏縁(ぶつえん)からも離れ、仏縁(ぶつえん)との断絶(だんぜつ)に近づいていると思います。

     このままでは、全員…
 浄土(じょうど)真宗は聞法(もんぽう)で信心(しんじん)をいただいて、往生(おうじょう)成仏(じょうぶつ)して行く道を、みんなの門徒(もんと)さんに歩いてもらうために、お寺が維持(いじ)されてきたのです。このままでは、はっきり申しますと、門徒(もんと)全員(ぜんいん)、地獄(じごく)落ち――という流れになります。

 つまりここへ来て明(あき)らかになってきたのは、仏教徒(ぶっきょうと)でありながら、死んでいく人のたましいの心(しん)配(ぱい)をしている人が少ないということです。おそらく生きているご自分も、死んでいく先(さき)について何の心(しん)配(ぱい)もなく、ひょっとしたら、死んだら「天国(てんごく)」とかへ行くんだろうくらいに考えておられるのでしょう。

 しかしくりかえしますが、気ままがいちばんという三(さん)悪道(まくどう)を歩き続けた人間が、信心(しんじん)、阿弥陀様の御慈悲(おじひ)をすなおに受けとめられない人生で終われば、例外(れいがい)なくみんな、地獄(じごく)へ落ちるのです。

     僧侶(そうりょ)にも待(ま)っている地獄(じごく)の火
 これまでのお坊(ぼう)さんの法話(ほうわ)が不徹底(ふてってい)だったからだとも思います。黒い衣(ころも)を着(き)た人自身(じしん)が信心(しんじん)を求めることもなく、門徒(もんと)なら死んだらだれでもお浄土(じょうど)へ行けるなどと安易(あんい)に説(と)いてきたのではないでしょうか。「なぜお浄土(じょうど)へ行かなければならないか」「行けなかったら、どんな不都合(ふつごう)があるか」をきちんと説(と)かないできた、その結果が現在の状況(じょうきょう)であると思います。

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 明治時代に出られた、きわめて、いや空前(くうぜん)絶後(ぜつご)というべき、仏教(ぶっきょう)心(しん)にあふれた僧侶(そうりょ)、博多(はかた)の七(しち)里(り)和(わ)上(じょう)は、初めてお説教(せっきょう)を聞く人にもはっきりとおっしゃったそうです。

 「私はどこから来たのですか。」「地獄(じごく)。」
 「今度はどこに行きますか。」「元(もと)の地獄(じごく)。」――と。    
  
 ひょっとしたら、現代の僧侶(そうりょ)もまた、自分の死後には、信心(しんじん)がないかぎり、地獄(じごく)の火坑(かこう)が口を開(あ)けて待っていることを、ちっとも感じ取れないでいるのかも知れません。仏教は予想(よそう)感覚(かんかく)が大切です。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。
 【平成二十八年八月十日 浄勝寺住職・村上敏喜 改稿 拝記】

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わたしは どこから 来たのですか

 今月の掲示板は、①盆会法要、②にちよう学校夏祭り、③揖斐郡合同講演会と、3枚のお知らせポスターが貼ってありますので、法語はお寺の山門わきに掲示してあります。

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     私はどこから来たのですか。――地獄。
   今度はどこへ行きますか。――もとの地獄。
   と七里和上(しちり・わじょう)は申された。


 昭和23年刊 鈴木大拙著 『妙好人』 のなかに、大正8年初版三戸独笑師の信仰を伝える『他力安心座談・第1篇』よりの語録が載せられているのを、小生のフィルターを通してまとめたものです。

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初めての にがお絵

 おじょうはんにお参りしましたら、きょうは土曜日なので、ご夫婦が昼間お孫さんふたりを預かられる日でした。
 とても内気なお子さんですから、泣かれるか…と心配したのですが、お姉ちゃんはもう2年生、ちゃんと「こんにちは」と挨拶してもらえました。
 その2年生の S ちゃんがお経のあいだに描いてくれた、私の似顔絵です。

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お盆に向かって、夏の花

 容赦なく月日が流れます。もうお盆もまじか。ここらでひと区切りして、7月下旬からのお仏花をごいっしょに拝ませていただきましょう。

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 家に少ないのでお花を買ってきて、ご自分で立てられたそうです。赤い玉の千日紅、と唐人草が赤色、黄色はまだ珍しい、秋の七草オミナエシ。
 まっ白なのはノコギリソウのようです。我が家にも白のノコギリソウはあるのですが、いつの間にか周りの花に圧迫されて一本だけになっていました。さて、盛り返せるかな…。 相羽の N さん宅です。


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 相羽の Y さん宅です。美しいダリヤが咲いているようです。黄色い夏菊、そしてお盆が近付くと咲き始める ミソハギ(禊萩)がもう咲いているのですね。緑の葉は柑橘類かな。


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 まん中にすっくと立つのは矢羽根ススキです。垂れ下がる部分が切り落とされています。黄色い小菊、左側に見える紫の夏菊、八重の唐人草と並びますが、オレンジの唐人草の上の、黄色い花がわかりません。隅に大ぶりの葉っぱが見えますが…聞いておけばよかったです。相羽の A さん宅です。


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 8月に入っています。こちらは唐人草一色でした! でも緑の葉っぱで、ちゃんとバランスを考えておられることが伝わって来ました。このごろちょっとしんどくなったとおっしゃる、相羽の M さん宅です。お元気で、来月も見せてくださいね。


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 ここは御主人とのおしゃべりが長くなりそうですので、早めにお花の名前を聞いておきました。まん中のピンクは フロックスというのだそうです。奥さんがメモを見ながら教えてくださいました。用意周到ですね。 白と紫の夏菊もあります。
 正面に見えるのは、細かい葉っぱで分かるかもしれませんが、やっぱりマリーゴールドでした。しかしよく見る(我が家にもある)オレンジ色のではなくて、まっ黄色です。奥様の好み。私自身はあの、ポピュラーな色のも大好きです。関係ないか? 下方の M さん宅でした。


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 お盆が近づきます。真っ赤な、あざやかな花弁の唐人草の存在感が圧倒的なお仏花です。後ろに高くホオズキ、中心には純白の、ひとえのキキョウが輝いていました。左側の黄色い花は、八重のキクイモモドキでしょうか。相羽の K さん宅でした。

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お盆会の心づもり をしましょう

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  ことしもお盆のお参りがあります。河野(かわの)善超寺の コウケツ・ジュンケイ師 のすっきりした ご法話が聞ける、有難い機会です。
 めったによそのお寺でご法話をされない、ごえんさんです。午前中だけです。ぜひお参りください。

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