易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

9月21日(水) 秋彼岸会・永代経法要

 まず、お彼岸の準備。16日の朝8時から境内の草取りと本堂の清掃を、14人ほどの門徒さんが住職といっしょにしてくださいました。10時には終了、解散です。

 当日は坊守が朝早くからお供えのお弁当とケーキ作りをしています。その勇姿です。
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 できあがったもの↓ は仏前にお供えして、帰りに持って帰ってもらいます。

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 21日の朝です。心配した通り、白い花ミョウガがすっかり痛んでいましたので、裏の花畑へ行って、替わりを取って来ました。ちょっとすがた、バランスが変わってしまいましたが、しようがありません。

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 木之本の明徳寺住職・秦先生の御法話です。講題は「倒立 懸垂のくるしみ ウランバナ」。
 現代は無仏の時代、仏さまの教えが生活の中から消えていく、遠のいて行く――という厳しい現実を見つめながら、真宗の永代経の味わいを聞かせてもらいました。

 大したことがなかった台風でしたが、その翌日だったので、お参りの出席が心配でした。

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  ご参詣の方々に後日出したお礼状です。
お彼岸秋お礼

 志納者へのおときの用意です。

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 一人前のおときをつぎつぎと運びます。精進料理、すべて手作りでした。住職、お客僧もごちそうになりました。ミョウガ寿司が新鮮でした。
 栗ご飯は…住職も前の晩に皮むきを手伝って、じぶんの手の皮をむいてしまいました。豆がつぶれたのです。イヤハヤ…痛かった。 

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  パックに入れた おときの内容。     以上です。






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浄土真宗の何が 「息」づまっているのか、が分かる!

・『危険な思想家』  呉智英 著 発売:主婦の友社→双葉文庫

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 1998年、この本の発行からどれだけたったのでしょう。18年か…もう読まないかも、と思っていた自分が愚かでした。
 購入した時には、ご・ちえい(くれ・ともふさ)氏の楽しい、笑いの連発ばかりに引かれて、内容的に、誠実に、思想的に、味わっていなかったのでした。
 ふと思い出して、我が娘に「名古屋の近くに、チョー おもしろい人がいるよ!」と紹介したために、まずみずからがもういちど読み返すことになって、良かった!

 本願寺教団でずっと 生真面目に取り組まれてきた運動であるのに、しかし門徒どうし、僧侶どうしを結びつけるきっかけにならないし、なんとなくどんどん窮屈な思いをしなければならなくなっている、と私には思われる ≪中央の運動≫の、あやしさ、もろさ、暗さの根源は、そういうことだったのか!――とわかりました。そうだったのか。
 
 お西の 僧侶の方々よ、これはものすごい必読書ですよ!現在のわれわれ教団の置かれている、危ない基盤が、わかりますよ。

 今日も、組の研修会で≪民主的な発想≫で自他ともに認められている僧侶の時局説明を聞きましたが、その先生のお話の思想の弱弱しさに、暗いものを感じました。なるほど「民主的」は、うさんくさいですね。

  「 第1章 オウムの托卵
     ・オウムと惰眠知識人たち
     ・異物と孤独         」 

 だけでも読んでおかないと、「明るい社会」ではなく、暗い社会への進行・実現に、加担することになると思います。戦前のイデオロギーで、教団が戦争に加担して行ったように。

 私のように大きな版形で読みたい方は、ヤフオクで200から300円ほどで手に入ります。文庫版ならアマゾン中古で1円から200円くらいのようです。呉智英さんのベストの一冊。

文庫版はデューラーの絵がはっきり見える。hutaba.jpg



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9月もおしまい 夏から秋へ

 お彼岸が過ぎてようやく雨が上がりそうです。

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 下方の M さん宅玄関にはミニヒマワリが飾られました。お寺からタネが「行った」ものだそうです。律儀にも、無事に咲いた旨ご報告のメールと画像を受け取りました。

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 これにはびっくりしました。背の高いのは、大型のギボウシの花と葉だとわかりましたが、前の房です。調べてみたら、ヒモゲイトウ(紐鶏頭)という花のようです。いろんな花があるものですね。 相羽の K さん宅でした。

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 ススキの穂が出てきました。黄色の豆の花は、もうご存知の黄金狸豆です。さやがおかしな色になってきたとおっしゃる通り、ちょっと紫色みたいですね。
 わが家と同じく百日草が主な花でした。白い小菊が咲き始めて、秋らしさを感じました。相羽の A さん宅です。

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 こちらも唐人草の華やかな色でリズムが感じられるようです。上の方にはシオンの控え目でかわいい紫の花が、しかしにぎやかに並んでいました。相羽の Y さん宅です。

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 今年初にお目にかかります! 「だんぎく:段菊」 とスプレー菊ですね。去年まではお寺の境内にも咲いていたのですが、どこかへ行ってしまいました…トホホ。
 消えやすいお花って、確かにありますよね。育てる人の水やりの根性がちがうのですよ、と坊守は申しております。相羽の K さん宅でした。

 どの花みても、きれいだな――私自身が、このページは何べんでも見て、うれしがっています。根性のあるかたがたの、おかげです。

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寺報 №160 記憶がお供えです

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    【 住 職 法 話 】 記憶がお供えです 
         ご仏前 
 みなさんは「御仏前(ごぶつぜん)」のことで困(こま)ったことはありませんか。
 最近、ご法事のお参りに参上(さんじょう)すると、お内仏(ないぶつ)にも床(とこ)の間(ま)にも「御仏前(ごぶつぜん)」の包(つつ)みが見当(みあ)たらないことがあります。

 へんなことを気にするようですが、私は三十歳でお坊(ぼう)さんになった時、父にきつくしつけられたことがあるからです。
 「お坊(ぼう)さんのころもは、大きな袖(そで)がある。自分がお焼香(しょうこう)したりするとき、万が一にも御仏前(ごぶつぜん)の包(つつ)みがお内仏(ないぶつ)から滑(すべ)り落ちて袖(そで)にでも入ったらたいへんだから、なるべく身(み)から離(はな)れたところに置いてもらうようにしなさい。誤解(ごかい)を避(さ)けるように。」と。

 そのためお内仏(ないぶつ)の前に行くと、まず御仏前(ごぶつぜん)の位置(いち)を確(たし)かめてしまうくせがあるのです。妙(みょう)なもので、その御仏前(ごぶつぜん)が見当(みあ)たらないと、どうも落ち着かないのです。
 しかしつぎつぎに玄関(げんかん)から入って来られる御親戚(ごしんせき)のかたがたに、当家(とうけ)のご主人が「エエと言ったやろ。御仏前(ごぶつぜん)はいっさい無(な)しということで――」と断(ことわ)りを言っておられるのが聞こえてきて、意味がわかりました。……ほんとうに、それでいいのでしょうか。

     「お断(ことわ)り」の先に見えるもの
 ご当人(とうにん)は一種の気(き)づかいのつもりで、親戚(しんせき)に出す食事代やお茶菓子代(ちゃがしだい)なんかは、たいして負担(ふたん)に思わないからということなのでしょう。しかし座っていても肩身(かたみ)が狭(せま)いと思います。

 そのあとの相手(あいて)、ご仏前(ぶつぜん)を断(ことわ)られた親戚(しんせき)の立場(たちば)はどうなるのでしょうか。その家とちがって経済的な余裕(よゆう)が無い家もあるかも知れません。そしてこんどは逆(ぎゃく)にそのかたが法事をしようとする場合には、ご仏前(ぶつぜん)を受け取るわけにいかないのではないでしょうか。

 そうなるとお付き合いのルールが勝手(かって)に変更(へんこう)されたことになって、親戚(しんせき)付(づ)き合いが難(むづか)しくなるか、止(や)めになるかでしょう。そして遅(おそ)かれ早かれ、「お前んとこの法事には呼(よ)んでくれるな。自分とこだけで、やってくれ。」という形に進んで行くのは、目に見えたことでしょう。

      手ぶらで仏さまに向かうな
 わが家でも先日、家内の母(義母(ぎぼ))の法事をわが家でしました。ちょっと迷(まよ)いましたが、嫁(とつ)いだ娘たち、外(そと)にいる息子からもちゃんとご仏前(ぶつぜん)を受け取ることにしました。

 今の世代(せだい)の親の傾向(けいこう)として「わが子には過剰(かじょう)に甘(あま)く」という風潮(ふうちょう)が見られます。しかしどう考えても、一人前(いちにんまえ)のおとなが仏(ほとけ)様(さま)にお参りするのに手ぶらで座(すわ)ってはいけないと思うのです。ついでに申し添(そ)えますと、多すぎる金額が包(つつ)んであった者には「御粗末料(おそまつりょう)」と書いて、一部だけ返(かえ)しました。それで全員のバランスをとったのです。
 子どもたちはみな、その日いちにち、堂々とした態度で参加していたように思えました。

       お葬式のだいじなイメージ
 法事でのお付(つ)き合(あ)いが少なくなれば、後(あと)は葬式付(づ)き合(あ)いだけになっていくことになるのですが、これがまた怪(あや)しいことになってきました。いわゆる家族葬(かぞくそう)の問題です。

 そもそもお葬式はぜんぶ家族葬(かぞくそう)に決まっており、主催者(しゅさいしゃ)、喪主(もしゅ)が家族だというだけのことで、故人(こじん)のお付(つ)き合(あ)いのあったかたがたが全部(ぜんぶ)寄(よ)り集(あつ)まってみて初(はじ)めて、総合的(そうごうてき)に故人(こじん)はこんな人だったと分かるのがお葬式という特別の空間(くうかん)だと思います。それはタマシイに対するイメージの儀式(ぎしき)です。

    一期一会(いちごいちえ)のお想式 ―付き合ったいろん    な人たちのイメージが「お供え」
 私の父の時も、父がまだ独身(どくしん)、軍隊(ぐんたい)にいたころの部下(ぶか)のかたが駆(か)けつけて弔辞(ちょうじ)を読んでくださいました。遺族(いぞく)である私たちがまったく見ていない時代の父の姿を、そこにイメージとして描(えが)き出してくださったのです。誇張(こちょう)はあるでしょうが、有難(ありがた)いことだと思いました。

 そういうことを考えますと、遺族(いぞく)の知っている故人(こじん)のイメージだけで小さくお葬式をしてもあまり意味がないのではないか、お葬式と言えないのではないでしょうか。

 むしろ家族の知らない場所で故人(こじん)を知っていた人たち、遺族(いぞく)の知らない時期(じき)の故人(こじん)を知っている人たちも寄(よ)り集(あつ)まって、いろんな面(めん)からの多種多様(たしゅたよう)なイメージ、いろんな記憶(きおく)が、この日この時間の、この会場(かいじょう)に渦巻(うずま)いて、目には見えませんが、いっぱいのお供(そな)えとなっているのが、お葬式というものではないかと思うようになりました。

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       「めんどくさい」から逃げている?
 そのお葬式の香典(こうでん)もご仏前(ぶつぜん)のひとつです。みんなの協力費(きょうりょくひ)だと思います。すなおに、「ありがたいことだ」と受け取れないものでしょうか。

 「香典(こうでん)一切(いっさい)お断(ことわ)り」――なんという口(くち)はばったい、金持ちくさい、いばった態度(たいど)だろうかと思います。その一つの大きな理由は「香典(こうでん)返(がえ)し」のわずらわしさだと聞いたことがあります。

 私も昨年義母(ぎぼ)のお葬式とお通夜(つや)を自宅で行ってみましたので、香典(こうでん)返(がえ)しの面倒(めんどう)くささも体験したばかりですが、「面倒(めんどう)だと感じる自分の気力(きりょく)が、情(なさ)けないのだ」と身(み)にしみて分かりました。

 現代人、文明の便利さに慣(な)れた今どきの人間というのは、あまりにも面倒(めんどう)に弱いのではないでしょうか。面倒(めんどう)がらずに、手間(てま)をかけるところから生まれ出るせいいっぱいのあたたかさに、ようやく人間は ―送る者も送られる者も― 安(やす)らげるのではないでしょうか。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。 
    【平成二十八年九月十九日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】


   ………  お寺の活動  ………
れんげ会 お正信偈と現世利益和讃のけいこ  毎月第2火曜日 夜8時から9時
にちよう学校 小学生も大人も。正信偈、そうじ、仲よく遊ぼう  毎週日曜8時から9時
浄勝寺のブログ パソコンで住職とつながれます。ご門徒のお内仏の花の写真も満載です。
出版物 米沢英雄師、山本修司先生、小笠原義宣師、荒山修師のご法話記録 在庫あります。


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念仏はそえものに、あらず

       100年法話の ②

 浄土真宗のお説教、法話、講義で明治から大正、昭和、平成と今に至るまで、残ったといえるもの、多くのご門徒の心にいまだ届くはずのものはあるのか? という問いかけを自分にしてみるとします。
 いろいろ聞き、読んだのに、なかなか出てこないのですが、まず、『七里和上言行録』上・下 (初版 明治45年1912/ 改訂増補大正2年)こそそのひとつではないかと思うのです。

 今なら古本で入手可能です。昭45年ころまで合冊で、やや縮小版となりながら版を重ねていますが、古い2分冊版が字が大きくて、本の造りもすばらしいです。

 デジタル読書のスタイルの方は、岐阜・本巣市の正尊寺住職が 『自炊』 をして、用意してくださいましたから、原形をうかがってください。上巻と下巻 →
 七里和上言行録 上巻.pdf
七里和上言行録 下巻 PDF
 では―


   おかずとご飯

24 和上日く。法然上人は「信心の酒に醉いぬれば、五種正行の舞いを舞う」と仰(おお)せられてある。

 五種正行とは、読誦・観察・礼拝・称名・讃歎供養 であるが、この中には前三後一と申して、前の三つと後の一つは助業と言い、これは御飯を頂くときの御菜(おかず)のようなものであり、第四の称名は正定業と申して、ちょうど御飯のようなものである。

  ところが、いくら御飯のいけぬときも、非常にうまい御菜(おかず)があれば、思わぬほどたくさん頂けるものである。それと同じことで御称名相続の御飯をたくさん頂きたければ、前三後一の御菜(おかず)が必要である。

  たとえば野菜畑に胡瓜(キュウリ)や茄子(ナスビ)をちぎりに行ったとて、念仏の称えられるものではないが、「今日はせがれの命日じゃ、お花を一枝供えたい」と畑に花を摘みに出れば、お念仏は自然によろこばれる。
 また台所の板の間に雑巾をかけても、お念仏は浮かばないが、「今日は親父さんの祥月じゃ、御仏壇の御掃除をしよう」と御仏前に出れば、はからずも心の底から御称名がとび出る。

 (という具合で、)讃歎供養のお菜(おかず)があまり結構ゆえ、知らず知らずお称名の御飯がたくさん頂かれる。

 あの正信偈和讃の六首引は、御和讃のお言葉が大切で、お念仏は副物(そえもの)の様に考えている者もあれども、これは間々(あいあい)のお念仏が大切なので、そのお念仏相続の助縁にとて間々(あいあい)に御和讃をお加えになったのである。
 即ちお念仏は御飯、御和讃は御菜(おさい、おかず)。
 
 この意を 『破邪顕正鈔 32丁』[存覚:中の第7条] に
 「無知のともがらにこころ得しめんがために、ときどき念仏に加えて、これを誦し、用いるべきよし、授け与えらるるものなり。
 これまた往生の正業にあらず、たゞ念仏の助業[室町写本]([聖教全書:存如写本]では助行)なり。
 もし五種の正行に配せば、第五の讃歎に攝すぺき歟(か)。まったく誦経等に対して差別を論ずるにあらず。全分文盲のともがらにおいては、かの誦経等は、なお成(な)しがたく、この和讃等は学びやすきがゆえに、もし称名にものうからんとき、かつは音声(おんじょう)を休めしめんがため、かつは法味をあじわわしめんがために、これを示しおかるるばかりなり。」と仰せられた。
         ( 第2篇 語録の部の 39頁 )


  【補記】 
 こうして旧漢字を新漢字になおしても漢字が多いですね。
 七里和上のこのご指摘には、びっくりしました。なぁるほど!と。
 問題点がよく突きつめられ、シャープに解答を出されて、しかもトンチの効いた喩えを用意されるのには脱帽です。こういう頭脳の良さと深い深い親切心は、両立するのが難しいのに…と感嘆しました。

 この個所を提示するのに時間がかかったのは、最初の法然上人の法語の出典です。久しぶりに 『西方指南抄』をめくって捜したのですが、見つかりません。どこにあるのか教えてください。
 もうひとつが『破邪顕正鈔』。書名しか知らなかったのですが、ざっと目を通せてうれしかったです。

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お礼のあいさつ ②

  
 最近、印象に残った喪主あいさつを、当家の了解を得てご紹介します。
 当日の喪主は故人の夫人でしたが、兄弟のかたが代わって述べられるという、昔からの正式の形でした。会場は一宮市。


      葬儀のお礼のあいさつ 

 皆さま、本日はご多用中にもかかわらず、またお足もとの悪い中、ご会葬のうえご焼香をたまわり、誠にありがとうございました。
 私は故人 Z の兄、K でございます。少し、Z との思い出をお話しさせていただきます。

  Z は高校生の時、山岳スキー部の部長をやってまして、スキーシーズン終わりの春スキーの頃、『お兄ちゃん、スキーへ行こう! お兄ちゃんのバイクで自転車を引っ張って行ってくれればいいから!』 と言い出しました。

 私の乗っていましたのは、二人乗りができない原付バイクなので、それぞれバイクと自転車の荷台にスキーをくくりつけて、ロープで Z の乗った自転車を引っ張り、2~3時間かけてスキー場へ行ったんです。
 今なら警察に注意されそうな状況です。
 スキー場では、車で来ている他のお客さんもびっくりです。スキー場のオーナーも『すごいなぁ。よう来てくれた!』 と喜んでくれて、来シーズンのチケットを頂いた記憶があります。

 Z は仕事では、単身赴任で金沢、京都、東京、松本と次々と回り、苦労も多かったことと思います。
 しかし、その土地土地で新しく出会った人々と支え合いながら、毎日を元気よく過ごすことが出来たのだと思います。

 そんな Z でしたが、このお盆過ぎになってから急に体調をくずし、検査入院しました。しかし、すでに手遅れで、9月5日、享年53歳で短い人生を終えてしまいました。

 Z も心残りだったろうと思いますが、家族を愛し、良き上司、よき先輩、良き同僚、友人、仕事の関係先さまにも恵まれたからこそ、あんなに一生懸命仕事ができたのだと思います。

 あらためまして、生前にいただきました皆さまのご厚誼に、私どもからも厚くおん礼申し上げます。

 私たち遺族は手を取り合い、助けあって行く所存でございますが、残された家族に対しましては、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 本日は誠にありがとうございました。

   【元気だったころの故人のイメージは――導師をつとめて】

 葬儀屋さんの用意してくださる テンプレートだけでなく、なにか故人のエピソードを加えなさるといいと思いますよ。あまり長くなっても困るので、一晩かかってゆっくり思い出して、 Z 君らしいのをひとつ選んでみてください。――という助言をさせてもらいました。
 喪主の夫人と並んで大勢の前でご紹介されたエピソードは「アッ」と驚く、痛快な、楽しいお話でした。この意欲、がんばりがあったから会社での大活躍があったのだろうな、と素直にうなずけました。
 こういう場合、闘病生活の経過や故人のがんばりをていねいに聞かされるのは、当家はうったえたいかも知れませんが、参列者としては聞いているだけで苦しいものがあります。このかたの挨拶は聞くものが救われるあいさつだったと思いました。

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お彼岸永代経のお仏花の準備

   21日のお彼岸会まで、1日半あります。
 19日午前のお参りのあと11時から、張り切ってまずお内陣の内敷きの用意と永代経モードに配置を変えなければなりません! 汗だくです。
 それがすんでからお仏花に取りかかりました。坊守がバケツいっぱいに切ってくれてあったのですが、華やかな色がほとんどないので、ものすごく心配でした。途中から自分で、もういちど畑を回って、貧相なユリオプススデージーなど少々を切りました。


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             中尊前
  正真のあたりはまっ白な花ミョウガ、その下に黄色のカンナ(もう1,2本しか咲いていない)、貧弱な赤のダリヤ、一本だけあった紫の一重のキキョウ、あとは前に百日草(これも小さいし色が弱い)とキクイモモドキ。
 今回苦心して初めて使ってみたのはホソバヒイラギナンテンというものです。日ごろからじゃまっけな草木?で、葉っぱが痛いので、切るのに苦労しました。右上、見越しのつもりのピンクシュウメイ菊の下、受けの位地でしょうか。葉をぜんぶむしってみました。おおっ、花実は不気味な宇宙怪獣の顔だった! 左はススキ。もう、裏の畑のもの総動員です。

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      法名軸前
 私の大好きな紫苑の花が傘のようにおおっています。やっぱり、いいなぁ! 4,5年かかって増やしてきた花です。今が盛り。
 ところが下の方が無い…庫裏の裏へ走って ユリオプスデージーという、これも息絶え絶えの花をばっさりと。
 左側の見越しあたりには矢羽根ススキと小形の花ミョウガ、これは白い種を付けています。千日紅もこの色ばかり…ですが、モビールのようで、あしらうのが楽しかったです。

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       御代前の前
 ここまで進んで来るとそれらしい花材が見当たらないのでした。せっかく切ってあるミニヒマワリも使ってやらないと、花がかわいそうですし。お仏花らしくないのですがお許しください。   

 ここで日が暮れてしまいました。これだけで本日は終了。くたくたで、6時のお鐘をつきました。ゴォ~ン…。
 夜になって足の裏が痛むので見たら、親指の皮がささくれにめくれているのでした。本堂と庫裏の板の間を何回でも往復したからでしょう。―アイタタタ。ばんそうこう。


 さて、今日は20日。一日あります。お仏旗も上げるのを忘れてはなりませんし、記念品の表書きも、御法礼包みもと、お花以外いろいろ、思いつく限りの仕事が待っています。
 台風も近付いてきたようです。障子の穴もふさいでおかねばなりません。坊守はもっと忙しいのですから。
 
  一夜明けたらどうなっているか、恐る恐る本堂へ確かめに行きました。
 
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 まぁまぁか…、花ミョウガの一つは取り換えねばなりません。たたきつけるような午後の雨ですから、無理でした。

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 なんとかこちらも水揚げ良好です。フジバカマが心配でした。
 おーっと、隠し玉のユリオプスデージーの水揚げ悪く、花が玉になってしまいました。もう替えがありません、このまま失礼!!

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  最後の一杯はシン(真)の用意が無いまま朝となりました。
 そこでお手本のとおり、レッスンしてみようと、空き缶や棒切れ、生垣のマキの枝を捜しに外へ出ました。ついでにシダも使ってみることにしました。胴のあたりにフジバカマを入れました。でも、なんとなくねじれたようです、わが心のように。レッスン―学ぶことは楽しい。
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 お昼ごはんのあとは読みかけの 呉智英の名著 『危険な思想家』もちらっと読み進める。これは僧侶に取って必読の書、たいへん有益な内容だ。ああ、今は読んでいちゃだめだと自分に言い聞かせた。 

 お内仏のお仏花も必要です。お斎(とき)につくかたが目にされます。色花が無い、もういちど雨の中へ Go !
かねて目を付けておいたクチナシの花の残り、ピンクの彼岸花、あとは…ミズヒキも切りました。もうちょっと大きめのケイトウでもあればなぁと欲が出ます。なんまんだぶつ。

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 どうやらだいたい終わったところで、また夕方の鐘の時間でした。

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ご仏前のはなし

     【9月16日(金) ひまわり でのお話】
※ 法話後に 施設長のT 先生、 スタッフN さんから感想と体験談を聞かせていただいて、構成し直したものです。

     おばあちゃんの一周忌
   先日の日曜日に ヨコイヤ○○ の一周忌を勤めました。家内の母です。こちらの施設で長いこと、皆さんとごいっしょさせていただきました。
 おばあちゃんの孫たち四人も、みな法要に集まってくれましたし、家内の親戚も思いがけないかたまで参加してもらえて、旧交をあたためることが出来ました。にぎやかに、なごやかな一日を過ごすことが出来ました。人が集まること自体がもう、供養なんですね。人間のお供え。
 でも、準備などでいそがしくて、このお話が準備不足となりました。ごめんなさい。


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      ご仏前
 そのさい、参詣者からていねいなご仏前をいただきました。きょうはこの、ご仏前についてお話しいたします。

 最近、ご法事のお参りに参上すると、お内仏にも床の間にも「御仏前」の包みが見当たらないことがあります。

 へんなことを気にするようですが、私は三十歳でお坊さんになった時、父にきつくしつけられたことがあるのです。
 「お坊さんのころもは、大きな袖がある。自分がお焼香したりするとき、万が一にも御仏前の包みがお内仏から滑り落ちて袖にでも入ったらたいへんだから、なるべく身から離れたところに置いてもらうようにしなさい。誤解を避けるように。」と。
 そのためお内仏の前に行くと、まず御仏前の位置を確かめてしまうくせがあるのです。妙なもので、その御仏前が見当たらないと、どうも落ち着かないのです。

 つぎつぎに玄関から入って来られる御親戚のかたがたに、当家のご主人が「ええと言ったやろ。御仏前はいっさい無しということで、――」と断りを言っておられるのが聞こえてきて、意味がわかりました。

 私は「ご仏前は、いらない」という人に会うと、「なんてお大尽(金持ち)なんだろう…」と思ってしまいます。親戚の協力金が要らないのですから。
 そして「そんな人は、お寺さんにふつうの3倍くらいはお礼を出すべきではないか?」とさえ、(笑い)考えてしまいます。お大尽はお大尽らしくせよ、というのが仏教式なんですよ。(笑い)仏教で、平等というのはよくないのです。

  持って行かなかったから、じぶんも受け取れん
 仏教というのは何か、規則をおぼえたり、お作法を知ったりすることではありません。ものごとを順序立てて、すっきりと考える訓練をするのが、お説教を聞くということなんです。側溝のゴミをすくい出して、水がスッと流れるようにする――頭の中の話ですよ。どうか流れる水のように、曲がりくねる私の話について来てくださいね。

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 考えてみてください。「ご仏前は要らん」と言われて、断られたご親戚の立場はどうなるのでしょう…。
 子供の養育費に手いっぱいとか給料が少ないので困っているとか、いわゆる余裕の無い人だっておられるでしょう。
 その人が反対こに、法事を勤めることになった時、こちらも相手からご仏前を受け取れないでしょう?困りますね。

 多くの場合は、悪るぎが無く、または遠慮して、「大したことはできんけど、食事ぐらいなら何とかなるから」という気づかいからだと思います。
 しかし悪る気(ぎ)が無くても、現実問題として、これは親戚付き合いのルールを変えていくことを意味しますね?。
 そうなると、親戚付き合いが難しくなるか、止めになるかだと思うのです。そして遅かれ早かれ、「お前のとこの法事には呼んでくれるな。自分とこだけで、やってくれ。」という形に進んで行くのは、目に見えたことでしょう。

     大応供を帰命せよ
 わが家でも先日、ご法事をしましたが、子どものご仏前をどうするか、ちょっと迷いましたが、嫁いだ娘たち、外にいる息子からも受け取ることにしました。
 どう考えても、仏様にお参りするのに手ぶらで座ってはいけないと思うからです。
 多すぎる金額が包んであった者には「御粗末料」と書いて、一部だけ返しました。それで全員のバランスをとったのです。

 みなさんはお正信偈を上げられますと、「大応供を帰命せよ」という和讃を読まれることと思います。おしまいのほうに出てくる和讃です。
 大いに、応(まさ)に、供える べし――というのが仏様なのです。お内仏の如来さまは、たくさんお供えしたくなる仏さまのはずでしょう。
 阿弥陀様の世界に行かれた故人の下さったご仏縁に、参詣者ひとりひとりが敬意を表すのがご仏前ではないでしょうか。

 法事でのお付き合いが少なくなれば、後は葬式付き合いだけになっていくことになるのですが、これがまた怪しいことになってきました。家族葬の問題です。

 そもそもお葬式は家族葬に決まっていますが、主催者、喪主が家族だというだけのことで、故人のお付き合いのあった方々が寄り集まってみると、亡くなった本人はこんな人だったのか…というのが、本当のお葬式だと思うようになりました。

 私の父の時も、父がまだ独身、軍隊にいたころの部下のかたが駆けつけて弔辞を読んでくださいました。遺族である私たちがまったく見ていない時代の父の姿を、そこに描き出してくださったのです。誇張はあったでしょうが、有難いことだと思いました。
     
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   (弔辞を読まれる元・部下の N さん 平成19年)


     お葬式のお供えは、人、記憶。
 そういうことを考えますと、遺族の知っている故人のイメージだけで小さくお葬式をしてもあまり意味がないのではないか。
 むしろ家族の知らない場所で故人を知っていた人たち、遺族の知らない時期の故人を知っている人たちも寄り集まって、いろんな面からの多種多様なイメージ、いろんな記憶が会場に渦巻いて、いっぱいお供えされているのが、お葬式というものではないでしょうか。

 お葬式というのは、本源的には、付き合いのあった人たちが出来るだけ多く集まって、故人のいろんな人物像、記憶が、故人のタマシイに向かって「大・応・供」されるのものだったのではないでしょうか。
 目には見えないお供えものが、だいじでなのではないでしょうか。

 そのお葬式の香典もご仏前のひとつです。みんなの協力費だと思います。すなおに、「ありがたいことだ」と受け取れないものでしょうか。
 それなのに「香典一切お断り」とは、なんという口はばったい態度だろうかと思います。

 その一つの大きな理由は「香典返し」のわずらわしさだと聞いたことがあります。
 私も昨年義母のお葬式と通夜を自宅で行ってみましたので、香典返しの面倒くささは体験したばかりですが、「面倒だと感じる自分の気力が、情けないのだ」と分かりました。
 現代人、文明の便利さに慣れた今どきの人間というのは、私もそうですが、あまりにも面倒から逃げすぎるのではないでしょうか。面倒がらずに、手間をかけるところから生まれ出る、あたたかい何ものかに、我々の安らぎがあるのではないでしょうか。

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きちんと阿弥陀経を読みたい人に

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・藤場俊基 著 『親鸞に聞く 阿弥陀経の意(こころ)』 樹心社

 定価三千二百円、税別。これは高い、あらかじめ筆者に好感を持っていなければ、買えない値段でしょう。
 私は特別に好意を持っていたのではないのですが、この著者には前から敬意を払っていたのと、紹介してくれた人物に畏敬と好感を持っているので、即、買いました。
 畏敬は目に見えないものが見えるということに対して、です。

 本を入手するには、いくつもの関所、難所を越えての結論ですがそれは自分の「惜しい、損をしたくない」という貪欲という煩悩の山かも知れません。また読む本をなるべく少なくしたいという、怠惰な、暗い海のような恐れかも知れません。

 さて、筆者である藤場師の主張はさておき、まず確認しなければならないことがあります。この本の成立です。
 名古屋の小川さんと加藤さんというかたがたが筆者の家を訪ねてゆかれ、一年ほどの予定で阿弥陀経の講義をしてほしいと頼まれたのです。
それに応えて、二〇〇二年一〇月から二〇〇三年八月までに名古屋で全六回の講義が行われたことが、この本の由来でした。本の出版は二〇一〇年。

 尾張門徒、おそるべし。真宗門徒が、僧侶の指示などによらず、みずから仏教を深く聞き込みたいという思いに押し出されて仲間とともに、はるばる金沢辺にまで筆者を訪ねて行く、その行動に、圧倒されるではありませんか。そこには、ひとつのサンガが、まちがいなく成立してあります。

 ひるがえって美濃の門徒、お西の門徒同行の私たちに、こういう求道心の行動、事例が最近あったでしょうか。この由来の一点からだけでも、すなおに頭を下げて、その結果である本書を読まなければならないと思いました。求道心の有無が仏教の証明です。

 このブログは論評が目的ではありませんので、これだけにしますが、お東の主流の僧侶には、たいへん衝撃的な示唆が突きつけられるでしょうし、お西の当然としている浄土観を持っておられる本派僧侶たちには、自分自身の本心を抜きにして仏法を語るなという、きびしい自己点検が要求される、刺激的な論考だと思います。
 
 学者的というのでしょうか、強引に結びつけたり、仮説に引っ張り込むようなくどさに著者のアセリを感じたりもしました。とくに前半の極楽の視覚的イメージの強いお経にすぎないと思っていたという、スタートの印象は論調を劇的にするための、≪まゆつばもの≫だと思いました。
 なぜなら私のようなぼんやりした人間でも、このお経は末尾に本意がある、お釈迦さまの嘆きのお経、一種のブルースだとすなおに受け取っていたくらいですから。おっと、いつの間にか 攻撃が始まっています! 私の修羅道ですね。

 それはさておき

 ・十万億仏土の解釈、諸仏との出遭いをいただいていくのが往生極楽の道

 ・執持名号の解釈、念仏に執着することの意義の解明

について、オモシロイ見解が説得力豊かに、導かれていると思いました。

 個人的には、(地獄や極楽の)「実体と象徴」ということがよくわからない自分なんだ…と気づきました。
 読んだ後で同志と語り合いたくなる本です。なにかと攻撃したくなる本というのは、著者に スキ が見せてある――他人に許しを与えている――のかもしれませんね。そこの微妙なゆるさが、仏書ならではの楽しさです。
 六回の講義なので6日で読めないかとがんばりましたが、残念、12日かかりました。やっぱり自分はアマチュアでした。 以上

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お仏花 新しい月、新しいなかま

 9月に入りました。お彼岸会の準備、揖斐組(いびそ)の仕事、わが家の法事、読みかけの本の頭の中でのまとめ、そしてこのブログと、ちゃんとこなして行けるのか不安を抱えています。
 私の泣きごとはほっておかれたまま、人生は容赦なく進行してまいります!

改 三輪さん9月_convert_20160908165800

 新しくおじょうはんを開始された、上秋の M K さんのお仏花、初デビューです。後ろの緑のビシャが自宅でまかなえず、知り合いのかたに山で取ってきてもらわれたそうです。白い菊、黄色のスプレー菊、オレンジの千日紅(せんにちこう)と、いかにもお仏花らしく配置されましたが、正面の前置きにある赤い花がわかりません。おたずねすると「さわぎきょう」だとか。
 ご自宅でいろんなお花をだいじに育てておられるので、来月のお参りも楽しみです。


改 堀さん9月 RIMG1349_convert_20160908165815

 花屋さんのお仏花の真はビシャが多いのですが、こういうふうに、相羽の M さんのように庭にある緑を使えば、それらしくなりますね。さて、この白っぽい緑は何なのでしょうか?
 うすむらさきの カクトラノオと白とピンクの 唐人草とで立てられました。どこでもお花が途切れる時節なのですね。

改 9月脩司氏 1 WIN_20160902_161404_convert_20160908165847

 中には、ここ下方の M さん宅のようにお花がない時節でも、こんなにお花がそろっている家もあるのですね。菊だけで立てられましたが、華やかなものです。ご本人のタブレットから送信、受信。

改 9月脩司氏 2 WIN_20160906_101929_convert_20160908165900

 おなじくつづいて 下方の M さん宅、おじょうはんの日です。上からコスモス、ピンクと白のトルコキキョウ、白い小菊、もう少し大きい白菊、黄のマリーゴールド、みんな育てられたものです。驚き。
 その名前が気になって調べましたら、トルコキキョウは北アメリカのテキサスあたりが原産地ということです。トルコの人のターバンに似ているからかな。ユーストマというのが本来の名です。英語では「草原のリンドウ」と呼ぶのだそうです。おかげさまで、お花の勉強をさしてもらいました。


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 ご主人の御命日のおまいりに参上しました、黒野の S さん宅のお仏花です。こちらもお花がお好きなお家ですから、みんなお庭から。
 上の方のつぼみは シオン。うす紫の カクトラノオ、ボンボンのような 千日紅、まん中の白いのは、当日の朝「たった一輪咲いた」という、ひとえの シュウメイぎくでした。たくさんのお花がきっちりと、ていねいにまとめられています。時間がかかっただろうな…と感心しました。

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