易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

浦島太郎の床屋さん―後生

 * じっさいのお話を再検討し、ずいぶん整理して再構成しました。

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       (この日のおつとめ)
  【11月25日(金)の ひまわり法話】

 まずは昭和8年に出版された『信仰座談 Ⅱ』という本の一節を聞いてください。
 昭和8年は1933年、つまり今から83年前のお坊さん(高橋常雄師 52歳)とお婆さんの対話が記録されているんです。とても考えさせられますよ。題は【74歳の老婆に】   
 ※の所は私の説明です。

▲(おばあさん)私はこの歳まで仏法を聞かずに、うかうか暮らしてきましたので、何にも解らないままです。教えてくださいませ。

●(先生)それでは、真剣に聞くようになったのですか。

▲老人になるとボケてしまいまして、聞いてもみんな忘れて、何にも解りません。

●74歳までも長生きして、毎日何をして来たのです?

この世のことばかり、一生懸命にしてきました。

※こういう人、多いですよ。この世のことばかり考え、努力して、あの世のことなんか考えもしない人ですよ。淋しい晩年になりますよ!

●では、死に行く時に何か持って行けるものが、ありますか?

▲なんにも、ありません。淋しいことです…。

●それでは74年間の長い間、何にもならぬタダ働きをして来たのですねえ。

▲思えば、タダ働きでした…。

●半期か一年の仕事でも、我が身のためにならない時には、つまらんことをした、タダ働きをしたと言って後悔するのですが、あなたは74年もタダ働きをしても、後悔する気は起りませんか?

▲何とも思いません。

●何とも思わぬとは、よくよくの愚か者ですのぅ。それでいて、まだ本気に後生の用意をする気が起こりませんか?

※後生(ごしょう)――死んだ後の人生です。生きている間を今生(こんじょう)といいます。死んで終わりなのではありません。

▲娑婆(しゃば)こんなものだと、あきらめています。死んだらどうにかなるだろうと諦めています…。

●のんきな婆さんだよ。74年もタダ働きをしても悔しいとも、悲しいとも思わず、せめて命のある間に後生の宝を手に入れねば娑婆(しゃば)に出た甲斐(かい)がないという真剣な気も起らず、死んだらどうにかなるだろうなぞと、捨てばちで暮らせるとは、よくよくのんきな婆さんだよ。

▲お念仏でも申しているより仕方がないと思うています。こんなことではまだいけませんでしょうね…。

●お念仏「でも」申している、デモ付きのお念仏ですか。あんたはお念仏よりはキャラメルでも一つ口に入れるほうが有難いのでしょうね。

▲へえーえ、でもが付くといけませんとするなら、どういうふうになったら良いのです?

●お念仏ひとつが有難い。
お念仏よりほかに助けていただくものはない。
お念仏こそ極楽参りのキップ。
74年の働きは何にもならなんだが、このお念仏一つを得させていただけたことだけが、娑婆へ出てきた甲斐であった。
お念仏が無かったならば後生は地獄であるのに、私は幸せ。――というように、お念仏をうやまい、お念仏を喜び、お念仏が心底から楽しめるようになられたら幸せだが、「でも」付きのお念仏ではダメだよ。

▲そんな心になれましょうか。

●なれますとも。老人だとて捨てばちにならずに、ひとつ若い気になって聞きなさい。阿弥陀さまは御慈悲が深いから、その機(心)にしてくださいます。もう長くは生きられませんぞ。今です、今から、一日も半時も急ぎなさい。急いで求めなさい。 ―以上です。

※今日の重要語は「後生」と、この「求める」ということです。求道(ぐどう)といって、自分が仏さまに近づこうとすることです。これが仏道にそのまま、つながるのです。

 この会話の中に、現在でも非常に重要な教えがあるのです。
「毎日何をして来たのです? 」という先生の問いに対して、「はい、この世のことばかり、一生懸命にしてきました。」という、おばあさんの答です。

 私もこの一カ月、つまり今日皆さんの前でお話をするまで、毎日毎日くたくたになって「お取越しと法事」という仕事は、してきたのですよ。しかし ひまわり でのお話という、「営業ではない仕事」は後で、後でと延ばしてしまいました。そして恥ずかしいことに用意もなく、ここへ来ているのです。私も聞かれたら、このお婆さんと同じく「ハイ、この世のことばかり、一生懸命にしてきました。」と答えるわけです。

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 その言いわけでもあるのですが、この一カ月はビデオカメラを使えるようになろうと思い立って、苦心惨憺(くしんさんたん)してまいりました。カメラを選んで買うところから始めて、試験的にですが、ようやくユーチューブという所ににアップするところまで、昨日たどりついたのです。

 私が試験的にどんな映像を撮ってユーチューブに投稿してみたのか、皆さんは見当がつきますか?
 この頭を見てください。おととい家で、坊守(ぼうもり:お寺の奥さんのこと)に散髪してもらったのです。この床屋をしてもらっている実況中継の23分間を撮影したのです。

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 バリカンを始める時に坊守が、いつもの口癖でつぶやきました。「もう10日もたったとは思えんけどねぇ…」と。だいたい10日ごとにバリカンで散髪をしてもらっているのです。
 私は思わず、ほんとに思わず、ですが、「♪ 月日のたつのも夢ばかり。」と歌い返しました。こんなメロディーで、ですよ。

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 しかし、言った瞬間(まちがえたな)と気づいたので、「♪ 月日のたつのは夢のごと、か?」と言い直してみました。
 「いや、ちょっとおかしい…夢のよう? そうでもないか…。」

 これが何の歌か、みなさんは解りますね。『浦島太郎』ですよ。歌えますか?
 「♪ むかし、むかし、浦島はー (大合唱となる )」 その通りです。
 あれ? 2番は? 自信ないですか。あとで職員の方に教えてもらってくださいね。とても人生を感じさせる、良い歌なんですよ。

 私の床屋の話の続きですが、分からないところを思い出すために、最初から順番に5番まで、坊守が歌ってくれました。それで、やっと正解が見つかったのです。こんな歌詞です。

①むかしむかし浦島は  助けた亀に連れられて
龍宮城へ来て見れば  絵にもかけない美しさ

②乙姫様のごちそうに  鯛やひらめの舞踊り
ただ珍しく面白く  月日のたつのも夢のうち

③遊びにあきて気がついて  おいとまごいも そこそこに
帰る途中の楽しみは  土産(みやげ)にもらった玉手箱

④帰って見れば こは如何(いか)に  元(もと)居た家も村も無く
路(みち)に行きあう人々は  顔も知らない者ばかり

⑤心細さに蓋(ふた)取れば  あけて悔しき玉手箱
中からぱっと白けむり  たちまち太郎はお爺(じい)さん
 
 ただ珍しく面白く――私たちの人生はこれだけを目標に、楽しみにしていないでしょうか。
  めずらしいものが食べたい、行ったことのない所へ行きたい、面白そうなものがあれば飛んで行く――こんなことのために、生きてきたのではないでしょうか。現代では、この世が龍宮城なんですね。

 浦島さんは龍宮城での遊びに飽きて、気が付いたのですが、この世の楽しみを求めるために必死で働く我々は、その後に待っている世界、後生(ごしょう)があることに、まったく気が付いてはいないようですよ。
 死んだら終わりではないのです。

 この1900年(明治33年)の唱歌集に載った歌は、戦前は小学校で習ったので、日本人なら全員が歌えた歌でした。人生というものを考えさせられる歌ですし、歳をとっても味わえるすばらしい歌だと気が付きました。100年たっても、素晴らしいものはすばらしいですね。

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菊花展? お花のお部屋

 11月上旬となって、お取越しもいよいよ大野町に進んでまいりました。みなさんのお仏花の発表の場でもあります。

改 秀成お仏花11月 RIMG1593_convert_20161119191348

  菊の季節ですね。まるで懸崖(けんがい)のような、たっぷりとした花房。思わず「懸崖ではないか?」とすそをのぞき込みました。
らっしもないでしょう?…」とご謙遜でしたが、「らっしもない」―いい言葉ですね。
 今年は例年より1カ月も早く、千両の実が付いてしまいました。さっそく使っておられました。相羽の K さん宅のお定飯です。


改 義光お仏花 RIMG1596_convert_20161119191422

 糸菊というのでしょうか、華奢(きゃしゃ)で豪勢ですね。みんな畑で作っておられるそうです。働き者だなぁと感じ入りました。古川の Y さん宅のお取越しです。


改 浩、洋子お仏花 RIMG1609_convert_20161119195059

古川の Y 子さん宅のお取越し。三色の菊が配置を考えながら、まとめられていました。


改 直良お仏花 RIMG1612_convert_20161119195117

 やさしい、薄赤い菊、珍しいお団子になって咲く菊がふんわりと盛られていました。後ろの緑がいかにも新鮮だったので、何かとうかがうと「アジサイの葉」とのことでした。これもよい工夫ですね。同じ古川の H 子さん宅のお取越しでした。


改 信夫お内仏 RIMG1602_convert_20161119195135

 お仏花ではありませんが、 あちらこちらで「お取越しのおそなえは?」と聞かれますので、ご参考に見てください。
 親鸞聖人のご法事ですから、基本的にはオケゾク(小餅)とお菓子、果物もそろえばパーフェクトです。オケゾクが主ではないでしょうか。
 ここのお家はクゲという台の上に「段盛り」という道具を使っておられます。おもちが左右の段盛りにのっているのが見えるでしょうか? 古川の N 夫さん宅です。


改 裕子さん圓妙の六字 RIMG1618_convert_20161119195203

 床の間のお軸は、まがうことなく、わたしの祖父(おじいさん)圓妙の字です。こういうふうにまっすぐに線が引けたらいいなぁといつも思います。下に小さく「龍堂」と雅号が書かれています。気持ちのいい字です。
 さてお花は、備前の花器に、シブい紅葉した葉が使われていました。長年にわたって茶道に親しまれている Y 子さんらしい、きりっとした風情ですね。ムダなものが何も並べられていない床の間――これが本当ですよね。おっと、赤い葉は「ずいな」というらしいです。

     改 いとこ煮 RIMG1619_convert_20161119195221 ここで
たいへんめずらしいものを頂きました。わかるでしょうか? 「いとこ煮」です。アズキと里芋(あかがら)の細かくしたものを、うっすら甘くおすましにした、お取越しの食べ物です。
 昔はどのおうちでも、これを一杯出されたと、老僧から聞いています。何年ぶりでしょうか、甘くなくて、この家の先代のご主人や老僧のことを思い出しながらよばれました。なんまんだぶ、なんまんだぶ…。 親鸞聖人のご遺徳→ イトク→ イトコ煮 だともいわれます。黒野のお取越しでした。


改 孜 床の間 2重切り RIMG1622_convert_20161119195336

 本巣の見延のT さん宅のお取越しに上がったら、きちんとした二重切りの花器に出迎えられました。
 奥さまが近くの公民館で遠州流のお花のけいこに行ってこられたばかりなのだそうです。ツルウメモドキです。タテ向きに立たせるのに苦労なさったとか。床の間全体はこんなふうです。
 
改 松尾孜 床の間全体 RIMG1626_convert_20161119195408

 右には亡き父の歌が軸装されています。 「山かげに 見捨てられたる 墓三基 / バスを待つ間に 重誓偈 読む」。 見捨てられた者へのまなざし、尊いものです。なんまんだぶ、なんまんだぶ…。 

改 手水 RIMG1621_convert_20161119195311 この家に上がる前にはこんな用意がしてありました。手水(ちょうず)の用意です。
 「神聖なるわが家の仏様に参ってもらうのですから、ごえんさん、手を洗ってからにしてくださいよ!」ということでしょうか。けっこうですねえ。
 そういえば        改 芳男手水 RIMG1597_convert_20161119191447
先週も大野町の Y さんの家でも、同じ用意がしてありました。私の黒い鞄を縁側に置いてから、手水を使いました。ちょっと緊張感のある、いい雰囲気でしょ。


改 正春お仏花 RIMG1642_convert_20161119195456

 本巣市見延の M さん宅のお取越し。赤い菊に白い水玉のような模様が! びっくりして上から覗き込みました。
 「みんな、在所の姉が育てた花です。差し芽などで、こつこつと増やしています。もらってきたのです。」と奥さまが教えてくださいました。
 お正信偈を上げている間、フッとお内仏の左の引出しに目をやると、これはかわいい!

改 ガウスぼかし 左水鳥 RIMG1637_convert_20161119195517

水鳥がいるではありませんか。では、右の引出しはと視線を移せば、

改 ガウスぼかし 右のオシドリ RIMG1639_convert_20161119195536

 なんと、オシドリが気高い姿を見せており、コウボネのような水辺の花がさりげなくデザインされています。

 そうすると、真中の引出しはどうなっているのだろうか…謎は深まりますね。

改 ガウスぼかし 中の水鳥 RIMG1635_convert_20161119212042

 仲よく二羽がならんでいました。めでたしめでたし。それにしても、美しい描線の蒔絵(まきえ)でした。
 お経がすんで、お打ち敷きをめくらせてもらうと、これはまた珍しい絵柄が現れました。

改 ぼかし 正春お内仏 神主 RIMG1632_convert_20161119195707

 見当が付きますか? 親鸞聖人が65歳ころ、関東から京都に帰られます時に、箱根神社(箱根権現)で神主さんからえらいこと、ご馳走になられたという、『御伝鈔』下巻 第四段(だいしだん)の一幕です。

 平安時代も、このころ鎌倉時代もそうだったのでしょうが、ある程度の人間的な教養がある人なら、月の明るい晩はずっと起きていて、、歌を詠んだり、ゲームをしたりしながら、友達と遊びながら月明かりを楽しむことが多かったようです。豊かな心の生活ですね。

 箱根権現の神官さんたちも遊ぶあいまに、うつらうつらしたりしていると、神様からお声がかかったのでした。
 「これからすぐに、ワシが尊いお方だと思っているお客人が、ここにござるぞ。必ずそそうのないように、ていねいに、出来る限りのおもてなしをするのだぞ!」と。
 その神官さんが目が覚めた途端に、聖人の一行がやってこられたのでした。「あなたさまはただびとでは、ござりますまい。有難くお迎えさせていただきます。」と言って、ご馳走を出したという絵柄なんです。
 いや、勉強になりますね。描線は水鳥のものとはちがいます。仏壇のお洗濯で書き直されてしまったのかもしれません。

改 ぼかし 図画製作させ RIMG1633_convert_20161119195725

 もう一枚の絵です。これも『御伝鈔』 これは上巻第8段、お弟子の入西坊(おんでし、にゅうさいぼう、と読むのが口調がいいです)が親鸞聖人の肖像を描いてもよいという許可をもらわれたので、絵描きさんの定禅法橋(じょうぜんほっきょう)を呼んで、書いてもらっている場面です。聖人は70歳でした。
 肖像画を描かせてもらえるということは、弟子としていちにんまえに認められたのです。今なら「撮影許可」なのでしょうか。
 いかにもお内仏の報恩講にふさわしい、いい脱線のお話でしょ。その他の絵についてはまた別の時にでもと、省略。


改 曽井 繁芳お仏花_convert_20161119195853

 さて、本巣市曽井の S さん宅のお取越し。2世代のご夫婦が四人でのお参りとなり、とても温かくお勤めでした。
 お花は買われたものですが、お嫁さんが一生懸命自分で立てられました。まん中の緑の花の名前が分からずじまいでしたら、夜にお電話をいただきました。「今、本屋にいるんです!。わかりましたよ、ディルというのです。!」すばらしい熱意でした。
 ところがディル・イノンドというのは、パソコンで確認しましたら、
     ディル(イノンド)_convert_20161119215637 こんな花のようで、ちょっと別のような気がします。 またの宿題にしましょうや。


改 明人姉お仏花 RIMG1651_convert_20161119195916

 最後は、黒野の A さん宅お取越し。いっしょにお参りされた岐阜市則武のお姉さんが用意なさったお仏花でした。お花はその義母さんが育てておられるものだそうです。みんなの力で、楽しいお仏花が出現するんですね。
 写真がへたで見えないと思いますが、上の菊はエンジ色と黄色のツートーンの、華麗なものでした。

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黙っていることがりっぱなのではない

・『誤解された親鸞聖人の往生論』 小谷信千代 著 法蔵館

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 本の話がつづいて、申しわけありません。これも僧侶向けの本であり、この記事も僧侶向けのものです。
 しかし、大学へ行った程度の学歴あるかたなら、4年間社会の税金を使わせてもらったという意味で恵まれた、また人間としての教養というものを味わえる、ひとりの読書人として、しばらくお付き合いしていただきたいものです。

 昨年から気にはなっていた本でしたが、これまで大谷大学名誉教授 小谷師 のことを聞いたことがなかったので、読むのをためらっていました。
 
 大谷派とは「お東」のことです。お東でどうしてこの書名のようなことが問題となっているのか、ピンとこない本願寺派(これがお西)の僧侶だとしたら、あなたもまたお西というイデオロギーに包まれて「自分は正常だ」と信じ込んでいる、一種のカルトだと私は思います。
 またあなたがお東の僧侶または熱心なお同行だとして、この著書など 「問題外、言語道断」 だと受け付けられないのなら、――たぶんほとんどの僧侶がそうだと思いますが――あなたも「お西より進んだ、お東の近代教学」 だというイデオロギーに完全に洗脳されておられるお一人だと、私は思うのです。

 お西とお東の教えの内容は、近年とんでもなくかけ離れてしまって、別物になっている、恐ろしい現状なんですよ! 双方とも「世界に開かれた 浄土真宗」などというスローガンを持っていますが、身近な相手方のことはさわらぬよう、無視し切っている、冷えきった教団関係なんです。冷え切ったーこれほど宗教にあるまじき状態はないでしょう?

 この著者がとり上げている学者は、お西では信楽(しがらき)師と 星野元豊師。わたしも星野師の『講解教行信証』は全巻を読みましたが、読みながらずっと引きずっていた気味悪さ、味気なさの正体がはっきりしました。
 この先生の系譜は今では 小児科医の駒沢 勝先生に流れ込んでいるようです。
 お東ではもっぱら、小谷師ご自身も敬愛してこられた曽我量深師の発言に対してのていねいな反論でした。説得性のありすぎるくらい、つまり学者的な文章で、読むのがしんどいと感じました。

 ぜんたいの構成も硬く、薄い本ですがてこずりましたが、いちばん心を打たれたのはもう終わりがけの72ページ、

「批評精神のないところには真の学問はあり得ません。
先人の優れたお仕事はそれと対決する批評の精神なくして真に学ぶことはできません。
批評し得るほどに精確に読み込むことこそ、優れた著者に対する恩返しとなります。どの学問分野でもそれが通常の研究姿勢です。」
(あぁ、もっと句読点があったらいいのになぁ…)つづいて74ページ、

「宗教を学ぶ者には、他の学問にもまして批評精神が求められると思います。
批評精神を持たずに信仰心だけで宗教にのめり込むことの危険性は、カルト教団が…
 (中略) 明らかだからです。」

 ほんとうに、お西もお東もカルト教団を笑いながらそのじつは、同じようにカルト教団になってはいないでしょうか。
 批評精神が保障されない場所は、例外なくカルトの世界、セクトの教団となって行くように思われます。
 カルト的とは、程度が低いということです。深さがないということです。冷たいということです。逆に言えば、それだからこそ 人が集まりやすく、強力な団結が出来やすいということ。
 人が賛同し易い教え?― たいてい、ロクデナシの教えでしょう。

 この本は読みやすくはないですが、お西の信楽ファンの方にも、星野ファンの方にも、もちろん全部の大谷派の方々にも、一読してもらえると、またもっと広い世界に進む転機が生まれるかもしれません。

 どうかこれから、微妙な、精神的に高い、親鸞聖人の教えが少しずつでも、やわらかに、明らかに、人間の奥深い感情をたいせつにしながら、回復されて行きますようにと私は祈っています。

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これは買ってよかった本、3冊ぶん

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・『現代仏教塾 Ⅰ』 吉村均/三木悟/岩井昌悟 著  幻冬舎
 この本は二人目の筆者、三木悟 師を 読むために買ったものです。なぜかというと、ぐうぜんに、YOU TUBE で三木師の講演を聞いて、すばらしい見解だと感じたので、その書籍化された(文字化された)ものと対照させて味わってみたいと思ったからです。

仏教塾_convert_20161112214239 1200円。

 出版社がわたしの苦手な幻冬舎だったのですが、グッとこらえて買いました。口に出すようなことではないのですが、読書人と言うのは、(エヘン)生きるのに仁義がいるのです。

 小さい版形、ほぼ新書形式。読み手の年齢に配慮したせいか、やや大きめの活字、行間もつまっている――すなわち味気が無い本でした。

 まず三木師の講演記録を読みました。「二、宗教の根底を流れるものーサムシング・トゥルース」です。約2時間の講義でした。

 その後しばらくほかっておいたのですが、 「三、初期仏教の輪廻思想」 をのぞいてみることにしました。
 いや、良かった。「現代の多くの初期仏教を専門とする仏教学者の大前提… 」 これがおもしろい。

 (前提1) 聖典の発展ー聖典には古層と新層があり、古層が釈尊の説に近い。
 (前提2) 釈尊とその直弟子あたりは天才であったが、弟子たちは時代が下がるにつれだんだんバカになった。そして現代の私たちは釈尊にならぶ天才。
 (前提3) 釈尊は私たちと同じく科学的で合理的であった。
 (学説1) 無我だから輪廻はうそ。
 (学説2) 輪廻するか否かは本当は無記だった。――太字で書きたいくらい、ワクワクするでしょ?

 あんまり感心したので、ついに 「一、日本仏教がチベット仏教に学ぶもの」 も読むことにしました。これまた、びっくり。私もいいかげんな知識しか持っていないことが暴露されてしまいました。
 チベット仏教も、ベトナムに入った仏教も、大乗仏教だったんですね! いやぁ、知らなかった…。この先生の「仏教はむつかしいものです。レベルが高いのです。長い時間をかけて学ぶものです」という言葉を聞いて、勇気が出ました。
 結局、3冊の講演記録をいっぺんに買えたのです。おとくな一冊でした。

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菊の花が満開

 毎月の御命日参りにくわえて、毎日のようにお取越しがあります。撮影したお内仏の花が、急増しました。早めにご披露しましょう。


改 三輪さん11月 RIMG1513_convert_20161109123020

 この日は農林高の学校祭明けのお休みとかで、高校生のお孫さんもいっしょに『仏説阿弥陀経』を上げてくれました。素直な青年で、うれしかったです。
 おばあちゃんのお仏花を写そうとしたら、黙って「スマートフォン」の照明を当ててくれるではありませんか! おかげで ライトマンのアシスタント付きで、お花の写真が撮れました。初めての体験です。
 手でにぎってみたくなるように、よくきちんとまとめられたお花です。可愛い配色でした。すそのほうにチラッと見えるのは、 「初雪カズラ」 という葉っぱのお花だそうです。上秋(かんだけ)の M さん宅のお定飯(じょうはん)でした。


改 大宮さん初 RIMG1515_convert_20161109123039

 初登場の S さん宅です。孔雀アスターが色んな色の菊、百日草に取り囲まれるように飾られていました。
 とても大きく見えるお仏花でした。この次も見たくなりますよね…。上秋のお取越しでした。     (ミニクーパーの娘さん、見れましたか?)

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 お寺に帰って、私も立てました。もう最後の白いシュウメイ菊、終わりがけの百日草、紫のは、上の方がシオンの残り、下の方はノコンギク。野草のような、好きなお花です。


改 美代子11月 RIMG1537_convert_20161109123141

 下方の M さん宅のおじょうはんです。菊の豊富なこと! ていねいに育てられ、きちんと咲いていました。
 「ちょっと多く入れすぎたかしら…」と心配しておられましたら、ご主人が横から、「引っこ抜いて、天ぷらにして食ったろうか」と、へらず口をたたかれます。

改 美代子11月玄関 RIMG1539_convert_20161109123152
 おなじ M家の玄関先にも菊がいっぱいです。これだけあると、使うものに迷われたでしょうね。


改 邦子床の間 RIMG1542_convert_20161109123226

 上秋のKさん宅のご法事で。この動物のしっぽのような花がお庭に咲いていました。
トラノオかな、とも思ったのですが、後日他の方から「セージですよ。」と聞いたので再度、検索。どうやら アメジストセージ、別名はメキシカン・ブッシュ・セージという花のようです。


改 床の間 RIMG1550_convert_20161109194942

 このブログに、 ついに登場しました。お取越しの日の床の間の軸の、決定版とでもいうべきものです。わかりますか?――親鸞聖人のご一生を絵でまとめた『御絵伝』の、家庭用バージョンです。
 わかりやすくするため、アップにしましょう。 本巣市軽海の S さん宅のお取越しです。

改 字入り 説明用 RIMG1552_convert_20161109195022

 報恩講のときお寺の余間に飾るのは、4幅(しふく:4本)の軸です。これらを1本に凝縮したコンパクト版で、お隣の滋賀県などでは、ほとんどの家が持っておられると聞いたことがあります。

  ためしに 浄勝寺の御絵伝(江戸時代、寂如上人下付) を パソコン上で 合体させてみますと、
改 字入り 第1軸 第2軸 合体 御絵伝 DSCF1721_convert_20161110125750

 だいたい同じような絵柄の流れになっていますね。本物は1月の報恩講で御開帳です。


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 軽海のお取越し、 Y さん宅です。淡いピンクのサザンカが目につきました。千日紅も最後でしょう。いっぱいの白い小菊が、今の季節を感じさせています。
 花の根元あたりにご注目ください。茶色のものは、花をまとめる、銅のつつです。先代の親さんが作っておかれたものだそうです。だいたいこんな感じでしょう。便利そうですね。
  筒_convert_20161110171053作ってみようかな?


改  賢一お仏花 RIMG1583_convert_20161109123330

 相羽の K さん宅のお定飯です。しっかりとした色が出ている菊があふれるばかりでした。色んな種類があるようです。うすむらさきの段菊もちょっと顔を出していました。


改 軽海千津子お仏花 RIMG1571_convert_20161109123319

 軽海のおじょうはん、C さん宅です。いよいよ寒くなりはじめましたが、まだ唐人草の花がきれいです。
 菊が色とりどりに咲いているお花畑が、目に見えるようですね。 ――今回はこれにて。

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12年が、たったんだね

 近くの M 家の ご法事にスーパーカブで行きました。帰りには引物の袋と、りっぱな仕出しのパックまでいただきました。
 さて、これはどうやってカブにくくろうかと思案していると、娘さんと息子さんが「持ってったげるわ。私ら、歩いて。ぜんぜんへーき。」と申し出てくれたので、思い切ってご好意に甘えることにしました。
 いい天気。自分だけ、バルルンと、お寺にもどりましたら、後から二人が到着しました。
 小学校の低学年の時、にちよう学校に通ってくれたふたりですが、今はお姉ちゃんは花の女子大生、弟は高専の学生です。あれから12年が経過しています。(下は 2004年の花祭りで)


IMG_0271_convert_20161109184512.jpg あどけないなぁ。

 「よく来たね、写真を撮ろう!」と誘って、坊守に撮ってもらいました。「素ッピンやも!」と笑っていたのですが、いつの間にか V サイン。わたしが小さく写っているのでした。

改 こんにちは宮川兄弟 RIMG1540_convert_20161109123119

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仏様の本願にくらべて、…

改 11月法語 RIMG1573_convert_20161108155006

     「他人に負けない」
    それが我らの本性(ほんしょう)であり、
   「俺は正しい」
    それが我らの本願である。
    これを 久遠(くおん)の迷い という。
         
 (住岡夜晃)


 『久遠の』 迷い、ということが自分に 感じられる ようであれば、あなたは仏教が分かるのです。あなたは 仏様になる道を、いま歩いておられます。なんまんだぶつ…
 仏教は、言葉が分かることではありません。

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10月-11月のお仏花。床の間のかざりも。

 いよいよ冷える夜となりました。おとり越しとご法事で、いつもは会えない方ともお会いできるチャンスが恵まれます。

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 下方の T さん宅のご法事の床(とこ)の間です。ものすごい雰囲気の、根っこ花台(?なんでしょうか、)に――負けじ! と奥さんが活けられたお花です。
 こういう場合、気力がいりますよね。心をこめて用意なさったご法事だと、感じ入りました。
 お花はユリ、リンドウでしたが、大きな緑の葉っぱが分かりませんでした。ハランかなぁ、カンナにしては、もう少しじょうぶそうだし……と思って、i-Phone で送信してくださった息子さんからお母さんに問い合わせておきましたら、「万年青(おもと)です。」というご回答。ハランのようにも見えましたが…。


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 相羽の K さんのお仏花。すそのほうにオレンジのマリーゴールドが見えますが、あとは菊が揃っていました。
 10月18日の段階としてはまだこんなに咲いているところはめずらしい咲き具合でした。お手入れをマメにされておられるからでしょう。お嫁さんの i-Phone で送信してくださった写真です。


改 弁念サンゲ RIMG1494_convert_20161102192155

 岐阜の Y さん宅のおとり越しで床の間に掛けてありました。親鸞聖人の伝記の、有名なエピソード 「山伏・弁念のさんげ」の場です。
 前回のこのブログ『お内仏の花』では、この弁念たちが聖人を山の上から狙っていた場面でしたが、覚えておられますか?
 現在の茨城県、板敷山(いたじきやま)で山伏として活動していた僧の弁念(べんねん)が、親鸞殺害のこころを抱き…というお話です。ここはお花のページですから、 省略。
 じっさいに出会ったとたん、害心が消えるどころか、いっぺんにファンになってしまったという、弁念はこのとき38歳、聖人が49歳。
 絵の表現の約束ごとかと思いますが、親鸞聖人がいかにもオジイサンとして描かれていますね。「高徳な僧」のイメージなのでしょう。
 このお家は例年母上がおとり越しの準備をなさるのですが、入院されたので、娘さんがウロオボエで、掛け軸の用意をしてくださいました。床の間のことまで、よく気が付かれたと思います。なんまんだぶ、なんまんだぶ…


改 安達庄吉床の間 DSCF1714_convert_20161102192221

 岐阜市の A 家おとりこし。親戚中じゅうが集まられて、法事みたいににぎやかな、あそこです。床の間のお花です。
 ちょっと小さめの、黄色いお花がいっぱい。何だろうと思ってお尋ねすると、(みなさんは、おわかりですか?)―― 「ウィンターコスモス」というのだそうです。さっそく紙を出してメモしました。すぐ忘れるのです。
 この花は調べてみるとビデンスともいってコスモスの仲間ではありません。いくつか花の種類がありますが、これは「イエローキューピッド」の名前があるようです。「タキイ種苗作出の人気の品種!です。奥さまによれば、秋から冬にかけて咲いてくれるそうです。
 コスモスより小さいし、茎もしゃんとしているし、いいものですね。花瓶がふしぎなデザインでした。


改 弘さんお仏花 RIMG1497_convert_20161102192244

 なんと、2日後にお参りしたおとり越しで、このウインターコスモスと再会しました!
 六里の H さん宅です。あるところには、あるのですね。11月になって、菊が盛りとなってきたようです。


改 澤とし子お仏花11月 RIMG1502_convert_20161102192258

 おなじみの月参りのお家ですが、体調不良のため、この春からおじょうはんがストップ。おとりこし勤めのため、久しぶりにお参りしました。六里の T さん宅。いかにも可愛い色の菊がおごってありました。
 「毎日なんだかとてもエライ…」とおっしゃって、つらそうです。よく頑張ってお仏花を立てて待っていてくださいました。ありがとう。

お経の台 RIMG1499_convert_20161102192309

 そこのお仏壇ですが、ある工夫がしてあるのです。大きなお内仏なのですが、引き出すお経台がありません。そのため、お寺さんが困られないように…と、板がいちまい、正面の引出しの中にしまってあるのです。
 写真のように、御文章の上にのせてあるその板を出して、90度向きを変えて、横向きに引出しの上に敷くのです。はい、お経の本が載せられますね。わざわざかさばるお経卓(おきょうじょく)を買って来なくてもいい、賢い工夫だと思います。


改 堀さん11月 RIMG1503_convert_20161102192329

 おなじみの相羽の H さん宅のおじょうはんです。「な~にも、無いがね…」と言われますが、なかなかどうして、りっぱなダリヤがまたまた咲き直したそうです。
 ヒュっと伸びたつぼみを、うまいこと、シンのように扱われておられました。


改 直子さん11月 RIMG1507_convert_20161102192342

 初登場です。相羽の N さん、おじょうはんのお仏花です。ご自分のおうちの花々です。
 百日草、マリーゴールド、いろんな菊です。珍しい色のものも育てておられます。 来月のお参りも楽しみです。


改 峰男さんお仏花 RIMG1509_convert_20161102192354

 こちら 稲畑の M さんも初めての登場を待っておられるはずです! おとりこしにうかがった時の床の間のお花です。
 「おとりこし報恩講は、赤くてもいい、と去年ごえんさんから聞いたから。」とおしゃいましたが、こっちは忘れていました。
 ここは新家さんですが、亡くなられたお母さんの指示でお内仏が入っており、毎年お取り越しにはお参りに上がります。ご夫婦そろって、大きな声でお正信偈を読まれま、安心です。
 だれかが亡くなられてからお仏壇、というのはさみしい、ゲンキンな感じがしますね。 
 花器の下にレースが敷かれたところがちょっと洋風です。 あざやかなダリヤが活けられていました。


改 杉山和美お仏花 RIMG1510_convert_20161103092303

 最後は今朝のお定飯にお参りしたときの、相羽の S さん宅です。
 亡くなられたお母さんの大切にしておられた菊が、玄関先に咲きはじめました。甘い赤、黄色のつぼみも楽しみです。娘さんが用意されました。 お参りしながら、たくさんのお仏花を見せてもらえました。いろんなお仏花、さまざまの人あり。
 

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