易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

わたしの耳は、わたしの声を聞くために、ある

 報恩講が終わってすぐ、グループホームへお話に行きました。
 話の内容もあいまいなまま、急いで報恩講のお飾りの写真をプリントして持って行きました。
 そして思い切って、坊守にビデオ撮影を頼んでおきました。

 後で実況ビデオを編集したのですが、うっかり入所者の方のお顔が映っていたので、いっぱいモザイクを掛けなければならない、たいへんな作業に苦しむハメになりました。

 AviUtl という国産有名ソフトに難渋し、別のオーサリングソフトに逃げ、次はPowerDirector という台湾ソフトで、強引に仕上げました。一日10時間ほど、ぶっ続けで取り組んでも、結局五日後にようやくなんとか動画を仕立てましたが、たいへん消耗してしまいました。

 おぞい出来ですが、ご覧くだされば、小生の実体が丸見えに、分かると思います。ここを押せば、見れます。↓



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誠(まこと)に残念至極(しごく)である

        100年法話 ③

 明治45年、大阪の法光社から中井玄道師の編集で発行された、利井鮮妙(かがいせんみょう)師の語録『信仰清話』から一話、皆さんとごいっしょに味わえたら、と思います。

 現今のご法話より、100年前の念仏者のほうが、ずっとすっぱり要点を教えていてくださるような気がするのです。潔(いさぎよ)い、男らしい、ということです。
 著者・鮮妙師は天保生まれ。行信教校を兄とともに創立なさったかたです。では――

「 二十 法座は病院なり   (一部省略) 

 法座は無明業障(むみょうごうしょう)の大病を治し、永劫の行く末を決する場所であるから、我が身の大病に気がついたなら、直ちに聴聞(ちょうもん)に出かけねばならぬ。

 しかるに近来は法座が興行的(こうぎょうてき)になって、参る人も大勢の人が行くから自分も聞いてこようというつもりで参り、勤めるほうも 参詣の多少を論ずるようになったのは、誠に残念しごくである。

 お互いに危(あや)うい病気にかかっておりますぞ。
手遅れをせぬうちに聴聞をしなさい。人の交際(つきあい)でするのではない、自分のこの病気はいかにして治してもらうのかと心得て、聴聞をするのじゃ。

 また聴聞せぬ人があるから自分も聴聞を急ぐまいと、不聴聞の交際(つきあい)をするのは、人の不養生を見てあの人のごとく不養生をしようと、不養生の交際(つきあい)をするのと同じである。 」

◇ ◇ ◇  ◇ ◇ ◇  ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇  

 著者の筆墨を手に入れました。お目にかけましょう。

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 七十歳、力のみなぎった書ですね。 「青々翠竹尽是真如/鬱々黄花無非般若」 。禅のほうの仏語です。
 読み方は 「青々たる翠竹尽(ことごと)く是れ真如。鬱々たる黄華は般若にあらざるなし。 為/藤井寶海賢契清嘱 古稀僧鮮妙書」
 紙折れがきついので、表装をやりなおすべく、表具師に出してあります。

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人間に生まれることも、仏教に遭うことも、難しいのです

改 平成29年1月法語 DSCF1253_convert_20170124100827

 報恩講といえば昔は、お寺では『御伝鈔』 上と下 のぜんぶを聞き、いかにも いかめしい『報恩講私記』(かんたんに式文:しきもん、という)の独吟に耳をさらし、というプログラムが必須でした。
 わたし自身、すでに儀式としての式文は拝聴した記憶さえ、ありません。
 それでも報恩講のお説教では、今も布教の専門家の多くはこの 式文 の一部を冒頭の法語として、朗々と上げられます。いつ聞いてもカッコいいです。本年の若い先生の布教(16日)も、それでした。

「弟子四禅(でししぜん)の糸スジの端(はし)に、たまたま
南浮人身(なんぶにんじん)の針をつらぬき、広海の浪のうえに、まれに西土(さいど:インド)仏教の浮き木に遭(あ)えり。ここに祖師聖人の化導(けどう)によりて、
――以下略」

 なんとか読めるでしょうか。 ものすごい格調でしょう? 声に出して読んでみてください、きっとあなたも立派なお説教が口から出てくるような、そういう自信が、わけもなく湧いてくる文章ですよ。よむコツは、「、」で1拍、ちゃんと区切ることです。訳してみましょう。

 流転の世界から抜け出よう、抜け出ようとして、お釈迦様の教えを聞いて努力、精進して、糸のように長い長い命をつむいで、あなたはこの世の果てよりもっと高い天の果てから糸を垂らし、地上で受ける針の穴に、ようもようもその糸を通せたというくらいの確率で、やっとこの人間世界に出られたのですよ。

 またさらに少ない確率の喩えになるのですが、その人間という稀れな生をうけたとしても、仏教に出会える人はほんの少しなのです。
 それは広い太洋にプカプカ浮いている丸太にちょっとした穴が開いていたとして、たまたま目の見えないカメであるあなたが海底から浮き上がってきたとき、いったい大海の中のその一本の丸太に当たるものだろうか、しかもその小さな穴に首を突っ込んでしまうなどということが、あり得るだろうか? 

 あなたが西方より届いた人間文化の華である仏教というものに出会ったというのは、それくらいのあり得ない確率なんですよと、お釈迦様はお経の中でおっしゃっておられます。盲亀浮木(もうきふぼく)の譬(たと)えといいます。
 さてこうしてようやく人間に生まれ出た私たちが、今度は親鸞聖人という、仏教のいちばん深い所まで降りて行かれた人物の、熱い熱いご親切のおかげで、有難いことに…以下略」

――というメッセージが、『報恩講私記』冒頭の主旨なんです。

【訂正】 盲亀浮木(もうきふぼく)の譬(たと)え――は経典では 「人間という命をもらうことの少ない確率」 として使われていますが、ここで覚如上人(報恩講私記の著者)は 「ほんとうの仏教に出会える確率」 として使っておられます。訂正いたします。 { 2月 9日 }

 で、これをわかりやすく表現しますと、今月の法語のようになるのではないでしょうか。遠くに見える池田山が寒そうですね。なんまんだぶ、なんまんだぶつ…。

 

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おひさしぶり

 おなじみの顔に報恩講的に(?)出会いました。

 まず13日、おとりもちの日です。庫裏の裏の方へゴミを持って行ったとき、この E おばあちゃんに出くわしました。裏の、遠まわりになる 臨時駐車場にわざわざ車を止められたのです。

改 こんにちはトモエさん DSCF1147_convert_20170120195210

 きっちりした身ずくろいで、娘さんに支えられながら、報恩講用に「仏供米(ぶつぐまい)」とたぶん「報恩講 仏志」を風呂敷につつんで、けんめいにお寺に向かって歩いて来られるのでした。
 「ごえんさん、88歳 にもなってしまい、ひとりではなにも出来なくなりましたので、今年からは岐阜の娘の所へ移りますわ」というご挨拶です。

 ふりかえれば80歳になられたころ、「ごえんさん、これからいつ、からだが弱るかも知れませんので、動ける今のうちに 『お世話方』 をやらせてもらいますわ!」と、自分から役員さんをかって出られた、奇特な女性です。前代未聞!

 ご主人が亡くなられて、しばらく市内の子どもさんの所に行かれたのですが、「大根1本でも、店に買いに行かんならん。やることが(仕事)何もないのは、しんどい」と言って、この村に強引にもどって、一人で暮しておられました。
 ついにそういう時がきたのか…という感慨です。きちんと杖をついてお寺に(仏様に)来られたのが、この E さんの人生が 確実に西に向かっている、しょうこだと感じました。曇鸞大師『論註』 倒木のたとえを思わされます。

 ◇◇◇◇◇   ◇◇◇◇◇   ◇◇◇◇◇   ◇◇◇◇◇  
 
 翌日、これは若々しい顔に再会しました。お昼から報恩講開始で、バタバタしているときでした。(再会というのは、先月にお取越しで会っているのです)

改 文字入り 哲君いらっしゃい DSCF2136_convert_20170120195243

 うちの娘と同級生の S 君です。岐阜方面? から仏志を持って来てくれたのです。
 「えらいなぁ、その若さですなおにお寺の行事に付き合ってくれて」と思わず褒めたくなります。
 また小さい子どもさん連れというのが、ほのぼのとして、いいでしょ。「ちょっと待った、写真撮ろうよ」となりました。
 ああ、パパはウルトラマンだなぁ、と思わされました。
 なにか気持ちが通じているようで、とてもいい写真になったなあと、自画自賛したくなります。なんまんだぶ、なんまんだぶ。

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1月16日(月) 報恩講の最終日

 今日も 初めての先生に来ていただきます。私のカメラは相変わらずピンボケです。
 通用門の前のようすは、朝7時半ころ、

改 山門 DSCF2220_convert_20170119151234

 昨日のように積もりませんでしたが、更地山がピンボケでも光っていました。下は2日まえの14日夕方の山門。

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 お参りのようすです。

改 パノラマ DSCF1217_convert_20170119150550

 初パノラマの予定が、ピンボケでなんともなりません。

改 宇野君 DSCF1221_convert_20170119150612

 こちらも若い世代の、宇野 淳信師 からご法話が聞けます。お説教の専門課程のご出身でした。
 控室の雑談で、「本堂のイスは、使わない時の置き場に困る」という一点で、なんとなく安心しました。人間、どこでつながるか分からないものです。
 
 お弁当もちで午前午後と聞かれたご門徒さんもありました。
 「道が悪いで、家に行き帰りするのに、時間がかかるから。」とおにぎりを用意されていたので、お茶とお味噌汁を出そうとすると、「トイレに行ったり、そそう が心配やから。」と遠慮されました。なるほどなぁ、きちんと考えておられるわ!と坊守は感心したそうです。さすが88歳ですね。

改 おけぞく配布 RIMG1840_convert_20170119150630

 昼からはお世話方(おせわかた:役員さん)全員に集まってもらい、片付け、おけぞくの配布仕分け、反省会と進みました。これはバカチョンカメラで。ピントも手ぶれも心配なしです。

 長い報恩講の記事でしたが、単なる 「成功実例」 とか、「これ見よがしブログ」 に堕ちなかったか、恐惶謹言 (江戸時代の手紙の末尾:きょうこうきんげん)の思いで、3日も経ってから、いっきに書いてみました。

 お寺の活動で  「りっぱ」 とか 「おおぜい、大にぎわい」、 などというものが最終目標とされるとしたら、それはもう浄土真宗ではない、とわたしは考えています。
 それは僧侶の夢、妄想、宗門のカルトお寺さんの名利心(みょうりしん) の満足なのですから。
 仏教の目的は、お寺とか組織を立派に、ゆるぎないものにすることではないはずです。自分をより鮮明にし、磨き上げることに直結しないならば、宗教の対極にある政治と、なにも変りはありません。
 親鸞聖人のお書き物をきちんと読んでない、蓮如上人の語録を深く読まないで、自分で読もうとしないで、エライ先生のお聴聞を頼りにして活動してゆくのなら、親鸞会の会員と同質であると思います。
 自分の目で確かめる、読み込むという、しんどいことを避けている、許し合っているのが、昨今の宗門のお坊さんではないかと、わたしは感じています。いつから? そうなったんでしょう?
 提唱: お寺が立派になればなるほど、僧侶は求道的ではなくなってゆく、という仮説はどうでしょうか?

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1月15日(日) 報恩講 オトキ日

これは…… 大雪でした。

改 雪どけ DSCF2169_convert_20170119140658

 とくに困ったのは、吹き込む雪で本堂の障子間際まで積雪があったことです。カーペットをめくるわ、新聞紙をしくわ、ビニールシートを出すわで、大騒動。結局本堂には土足で上まで上がってもらいました。
 本堂の縁のことを「ぬれえん」といいますが、こんなにしつこく雪がへばりつくとは。

改 濡れ縁がこんなに DSCF2173_convert_20170119140722

 たまたま今日は日曜日。にちよう学校の子たちにも「お参りして、オトキに着きなさいよ。」と言っていたのですが、もうこれはアカンと思いました。
 しかし、お母さん方はえらい! ちゃんと全員お参りしているではありませんか。7年生の二人も雪の中を来てくれたのですね。 

改 子どもの読経 DSCF2183_convert_20170119140633

  くりのお座敷に行って、おときを召し上がっていただきました。おみやげ付きです。

改 にちよう学校おとき DSCF2184_convert_20170119140529

 男性のお給仕による、おときです。いつもガラスの欄間が大正モダンだなぁと思います。ここの庫裏は大正時代に建築されました。

改 おときのにぎわい DSCF2203_convert_20170119140459

 最近はおときに着かれない人が増えて、余ってしまうほどです。これを読んでくださる人は、ぜひともおときに着いてください。

改 フダ書き DSCF2199_convert_20170119140553

 お志のフダ書きはずっと毛筆でしたが、いよいよ筆を持つ人が見つけにくくなってきました。「パソコンでならー」という方が出たので、思い切って≪毛筆・PC ハイブリッドで≫ということに決断しました。
 この担当は狭い所でいわゆる雪隠(せっちん)づめですから、しんどいと思います。

改 御伝鈔を読む私 IMG_0325_convert_20170119140613

 問題の『御伝鈔』を読んでいる住職です。上(じょう:前半)を全文読みます。カメラはスマホのi Phone 7。
 撮影データを見ると f=1.8 12分の1秒、ISO=100。
信じられません――のは私ら、銀塩フィルムの世代の者です。レンズ明るい、手ぶれ補正すごいです。Mac はわざわざ低画素(500万画素)センサーをソニーに特注しているようです。コンパクトカメラに高画素数は発色、なめらかさが良くないのです。

改 報恩講2日目_i_phone7_convert_20170119140740

 同じく スマホのi Phone 7 で撮ってもらいました。
 撮影データは f=1.8 15分の1秒。たいしたものですね。ISO=80 画像がキレイなはずです。先生は木之本町から来ていただく、秦 信瑛師 です。
 あちらはさぞかし雪が深いのに、お問い合わせをする配慮が足りませんでした。行事を主催すると、自分のアンバランスが露呈します。なんまんだぶ、なんまんだぶ…。

 ごえんさんの姿勢がねじれているのはワケがあったのです。新しいカメラのピントが合わなくなって、苦労して原因究明していたのです。
 デジタルカメラは上等ほど fn(ファンクション)キーがいっぱいあって、マニュアル・ピントにうっかり触ってしまったのでした。報恩講がすんでから、それがやっと分かったのでした。

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1月14日(土) お昼から報恩講はじまる

朝起きたら、もう雪が積もっていました。きのうとはえらい違いです。


改 朝の雪 DSCF1186_convert_20170119115907


 泊り込んでくれた娘と一緒に雪掻きを始めたのですが、境内ががらんとしていますし、駐車場もあるので、どうなることやら…と心配しましたが、総代さんたちが来てくださいました。

改 朝の雪のけ DSCF1184_convert_20170119115059


さて、お昼からはいよいよ報恩講のお勤めが始まります。

改 正面のおけぞく DSCF1195_convert_20170119115155

 まだお仏飯が供えられていない状態の荘厳(しょうごん)です。仏花で隠れているところは――

改 合成 左右のお飾り DSCF1202_convert_20170119115822

 小さくてわかりずらいですね。算木盛りのお菓子がきれいに積めなかったようです。タテのラインが出ていません。


改 ご開山 DSCF1194_convert_20170119115244

 柱に、お飾り方法の写真が貼ったままです。外さなくては。

改 四幅の御絵伝 DSCF1201_convert_20170119115315

 御絵伝のまえです。このように(一)から左へと、四本のお軸が並んでいます。

 ちょうど完成したおけぞくをお供えしておられたご門徒のひとりが、目近(まじか)で 「こんな古い色の絵を見ても、何が何やらわからんわ。もっと少しの絵で分かるようにせな、あかんやろ…」と、おかしなことをつぶやかれたので、私は「御伝鈔を聞きに来れば、浄勝寺御絵伝のファイルが配られて、絵をはっきりと見れるんだから、ちゃんと来なさいよ。明日ですよ。」とくぎを刺しておきました。

 門徒であっても、お寺に手伝いに来ても、御絵伝をすぐそばで拝んでも、やっぱり無関心、無反応、喜びもなければ、素直にもなれない、そんなだれかが、じんわりと毒を流しているのではないか、とゾッとしました。

改 14日 熱演 DSCF2157_convert_20170119115416

 昨年は住職が自勤して、へとへとになってしまったので、今年は こうけつ・信 師 にお願いしました。
 きちんと、理論的に法話されたのでうれしかったです。

 われわれの世代の人たちが共通に関心があり、心配でもあることは、次の世代とどのように付き合えるかという問題ではないでしょうか。
 他人の家の断絶はどうでもいいけれど、(としても、)自分の家庭において若い人たちとどのように理解しあえるのかということは、大きな問題でしょう。
 ちょうどこの報恩講は、その若い世代のご法話が聞けるのか、無理なのか、試金石(しきんせき)になったのではないでしょうか。
 良かったですね! お参りして。


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1月13日 おとりもちの日

 さて、13日は報恩講の前日。朝8時からお取持ち(当番の出動)があります。

 ほんとうは例年8時半でしたが、住職や総代が女性の朝の大変さにピンとこないで、気がつかずに、「8時やったかな」という調子で印刷したものを配布してしまったのでした。取り返しがつきませんでした。
 坊守が「女の人にとって、8時と8時半とは大違い!」と申しておりました。

 ふだん 人のことを配慮しているようで鈍(にぶ)い、そういうおそまつなものが、わたしにもあります。なんまんだぶ、なんまんだぶ。


改 お茶休憩 DSCF1150_convert_20170119123331

 前の日の天気予報ではくずれるかもしれない、とのことでしたが、思いのほか、いい天気に恵まれました。たくさんの人たちで、ゆっくり外の掃除をしてもらえました。
 こういう休憩時間でも、もっとくっついて座ってもらえると話がしやすいし、お茶も出しやすいのですが、なかなかそうはなりませんね。このあとは本堂の掃除です。

改 雑巾がけ DSCF1157_convert_20170119123402

 みんな(わたしも、ですが)寒さ対策で、しっかり着込んでおられますし、大きなマスクの方もあって、どなたなのかしばらく分からないこともありました。人間はお互いをどこで見分けたらいいのでしょうね。

改 食事班 DSCF1146_convert_20170119123443

 そのあいだの台所も大忙しです。休憩のお茶、お菓子の用意。そのつどの人数確認もしなければなりません。

改 おけぞく盛り DSCF1160_convert_20170119120139

 かんじんの「おけぞく盛り」です。半分の人は初めてのようでした。
 小餅を大きく延ばすのに、木の定規を使いましたが、それでも相手は柔らかい、生ものです。今年はうすくて、1本の竹串に刺す枚数が多く必要でした。なかなかデータ化し切れないものです。

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わたしも加わって、お昼のまかないをいただきます。狭いスペースですから、背中合わせです。
 「食前のことば」『食後のことば」を斉唱します。
 このあと、悪くすると3時まで、と見積もっていましたが、1時過ぎには残りの仕事が終わりました。めでたし。
 

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1月12日 報恩講の準備、おもちつき

 もともとはこの日から、お取持ち(門徒さんの出動!)が始まるのですが、なんとかして一日だけでも出動日を減らせないかという、取り組みで、12日は役員だけ朝8時に出てきてもらう方法にしてみたのが、本年です。
 去年も、今年も、試行錯誤(しこうさくご)中です。思えば、私の人生はすべて試行錯誤の人生でした。なんまんだぶ、なんまんだぶ…

改 7時前 DSCF1123_convert_20170119113107

 総代長さんが、タフ!です。 7時半に来ていただく手はずでしたが、もう6時半ころから、庫裏の戸が開くのを待っておられたのです。お尻をたたかれるように、始まりました。

改 小もち 作業 DSCF1138_convert_20170119113130

 地元の役員、相羽、六里、黒野の役員は朝8時集合。おもちつき、小餅つくり、並べ板での乾燥と、進みます。住職と似た世代の役員さんが現れて来ました。団塊の世代がしだいに役員の世代になってきたのです。
 男性だけの役員ですが、たぶんそれでは洗い仕事が出来ないだろうと、女性2人に特別応援をお願いしておきました。じつに正解でした。

改 終了状態 DSCF1142_convert_20170119113211

 男だけでは、こうは片付かないでしょう。 この、最後までやってくださるか、どうかが、信頼のポイントです。
 午前中で終了、ご飯無し、です。


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寺報 №161 ただめずらしく面白く

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  【住 職 法 話】 ただめずらしく面白く

      浦島太郎のうた              
  これが何の歌か、みなさんは解(わか)りますね。『浦島太郎』です。さあ、歌えるでしょうか?
  今から百十七年前、すなわち1900年(明治33年)の唱(しょう)
 歌集(かしゅう)に載(の)ったこの歌は、戦前は全国の小学校で習いましたので、日本人ならだれでもが歌えた歌でした。

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  5番まであって、長いといえば長いのですが、人生というものを考えるには、じっくりと考える時間が必要(ひつよう)なのです。
  ひとことではピンとこない、長くないとわからない、わたしたちの「鈍(にぶ)さ」というものが、私たちの身(み)にはあるのです。
 しんぼうしましょう。

 ① むかしむかし浦島は  助けた亀に連(つ)れられて
   龍宮城へ来て見れば  絵にもかけない美しさ
 ② 乙姫(おとひめ)様(さま)のごちそうに  鯛やひらめの舞踊(まいおど)り  ただ珍しく面白く  月日(つきひ)のたつのも夢のうち
 ③ 遊びにあきて気がついて おいとまごいもそこそこに
   帰る途中(とちゅう)の楽しみは  土産(みやげ)にもらった玉手箱(たまてばこ)
 ④ 帰って見れば こは如何(いか)に  元(もと)居(い)た家も村も無く
   路(みち)に行(ゆ)きあう人々は  顔も知らない者ばかり
 ⑤ 心細(こころぼそ)さに蓋(ふた)取れば  あけて悔(くや)しき玉手箱
   中からぱっと白けむり  たちまち太郎はお爺(じい)さん

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 どうでしょうか、すなおに声に出して歌えましたか? ―よくできていますね。とくに2番がすばらしいと思います。「月日のたつのも夢のうち」。人生を大きく眺(なが)めての、親切(しんせつ)な歌詞(かし)です。

     生きる目的を忘(わす)れた人間の末路(まつろ)
 浦島太郎の絵本(えほん)はいろいろ出版(しゅっぱん)されていて、読んだ人たちの感想(かんそう)をインターネット上で見ることが出来ます。その中で「結(けつ)末(まつ)があまりにさびしい」という声がちらほら目に付きました。もっともなことです。
 この話は、与(あた)えられた人生でやるべきことをやっておかなかった人間の末路(まつろ)、行(ゆ)く末(すえ)が明(あき)らかにされているからです。古代(こだい)から日本人が伝(つた)えてきた、教訓(きょうくん)のはなしといえるでしょう。

      どんな世界が待っているのか…
 わたしたちの人生もまた、浦島さんと同じく「ただ珍しく面白く」、これだけを目標(もくひょう)に生きてきたと言えるのではないでしょうか。めずらしいものが食べたい、行ったことのない所へ行きたい、面白(おもしろ)そうなものがあれば飛んで行く――だけを楽しみに、くりかえしてきた人生、これを仏教では流転(るてん)の人生というのです。

 お取越(とりこ)しでこの話を出したとき、「そのとおり! 今でも折(お)りあらば、どこへでも行きたい!」とハッキリおっしゃった九〇歳近い方がありました。…現代では、この世が龍(りゅう)宮城(ぐうじょう)なんですね。
 浦島さんは龍宮城での遊びに飽(あ)きて気が付いたのですが、時(とき)すでに遅(おそ)し。後(あと)には孤独(こどく)のきわみ、無間(むげん)地獄(じごく)が待っていました。この世の楽しみを求めるために必死(ひっし)で働いてきた我々(われわれ)も、その後(あと)に待っている世界、後生(ごしょう)があることに、まったく気が付いてはいないようです。死んだら終わりではないのです。お念仏と出会うことがなければ、とてつもなくさびしい闇(やみ)が口を開(あ)けているのです。

 歳(とし)をとっても味わえるすばらしい歌ですね。100年たっても、素晴(すば)らしいものはすばらしいのです。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。【平成二十九年一月三日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】


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