易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

お取越しのお仏花 あちらこちら

 10月初旬からのお参りの花です。

改 古田千賀子お取越し IMG_20181007_093015_convert_20181024182639

 いよいよコスモスも盛りです。伊賀焼の花器にいっぱい入っていました。岐阜市のF さん宅お取越しです。

改 昭男お取越し IMG_20181010_094053_convert_20181024182706

 岐阜市のK さん宅お取越しなのですが、この床の間は、「ちょっとお土産を並べ過ぎではありませんか?」と申し立ててみたのですが、微笑なさるばかり…。去年もこうでした。
 他人の気持ちに近づくことは、ほんとうに難しいですね。―気がくたびれてしまいました。

改 正子お取越し IMG_20181012_101939_convert_20181024182757

 亡きご主人がお好きだったコーヒー、甘いもの、果物とものすごくお供えされている、各務ヶ原の Sさん宅お取越し。
 ここには写っていませんが、お正信偈を上げている私の左ひざのあたりにも、いっぱいありました。やさしい奥様です。

改 四男 IMG_20181012_115344_convert_20181024182744

 けっして新しいお内仏ではありませんが、ここへ来るたびに、清潔にしてあるなぁという印象に打たれる、鵜沼の Yさん宅でのお取越しです。
 なぜでしょうか…。
 私はここの大きめの如来さま、それも金箔が少し剥がれている古い阿弥陀さまを拝むだけで、自然と引き込まれてしまいます。

改 康明 IMG_20181012_133832_convert_20181024182729

 こちらはまだ新しいお内仏でのお取越しです。若い方がお飾り(お荘厳というのですが)をしておられるので、花瓶(かひん)がポップですね。
 各務ヶ原の Aさん宅です。

キクイモの花 IMG_20181015_144641_convert_20181024182901

 これはお寺の玄関の部屋。キクイモの花とケイトウを持って来て下さったかたがあったので、白いフジバカマを足して、生けてみたのです。

改 清己掛け軸 DSCF3717_convert_20181024190639

本巣市軽海のN さん宅お取越し。親鸞聖人のお参りですから、わざわざ「山伏たちに狙われた聖人の図」を掛けてくださったのでした。

改 清己床の間 IMG_20181015_082951_convert_20181024182931

 同じ軽海での、Wさん宅お取越し。真っ赤なダリヤが鮮やかでした。
 お名号を花器が隠しているので、ちょっとお花を左にでも、いざけるとよかったですね。

改 豊明宅 20181014192954_convert_20181024182838

 北方町の Tさん宅おじょうはんです。シュウメイ菊がピッタリ似合う、野趣に富んだ花入れに生けられていました。

改 大野百合子お取越し IMG_20181014_105230_convert_20181024182815

 ごく小型のお内仏でのお取越しです。後ろは整理たんす、引出し家具の上に仏さまが置かれています。岐阜市の県営住宅にお住まいの Yさん宅、これでもO.K.ですね。

改 秋の花キバナコスモス IMG_20181015_103458_convert_20181024182919

 時間が許せば、村の中をなるべく歩いて、次のお宅に向かっています。
 その途上で見かけた、美しい光景です。うっとりと立ち止まって、スマホで写しました。
 コスモスみたいですが、葉っぱがちがい、マリーゴールドに似ています。パソコンで調べてみたら「黄色コスモス」のようでした。

改 洋一 DSCF3715_convert_20181024190655

 軽海の Eさん宅お取越し。ここは、段盛りをごらんいただきたいのです。おけぞくもお菓子もおミカンも、みんな段盛りに満載されていました。こうやって使うのです。

改 つわぶき洋一 DSCF3713_convert_20181024182953

 長いあいだ華道・遠州流を習われた、軽海の Eさんが床の間につわぶき一色(いっしょく)で活けられました。お手本のような挿花(いけばな)ですね。やはり良いものです。

改 正幸かきのお仏花 DSCF3718_convert_20181024190626

 同じく軽海の Cさん宅でのお取越し。ものすごく濃密に実が付いた観賞用の柿を必ず使われるお家です。どうです?
 今年はいつまでも暑いからでしょう、夏用のお打ち敷きが使ってあります。

改 慌てていけたコスモス 20181018184742_convert_20181024190711

 お取越しで会うのは、ほとんどが一年ぶりですから積もる話もあり、お寺に帰るとフラフラです。しかし日にちは容赦なく過ぎます。
 書院での会合があった日、あわてて花畑から秋の花を寄せてきて、大急ぎで立てたものが、意外にも家族から気に入られました。

改 安達庄吉 IMG_20181021_113420_convert_20181024190748
 
 岐阜市内 Aさん宅のお取越しです。ここでは毎年、お取越しがご法事みたいです。
 80代、90代のご姉妹までみなを呼びなさるので、大人が10人近く、子どもも数人、お食事まで用意なさるおうちです。

改 北方正幸 IMG_20181021_101103_convert_20181024190800

 古いが立派なお仏壇、まっ白に磨かれたお輪灯(りんとう)。赤いたかつきの上には果物、お仏花の後ろにある供笥(くげ)にはおけぞくと、整然としたお荘厳です。北方町の Mさん宅お取越しです。

改 蝶子 IMG_20181023_103019_convert_20181024190830

 高富方面、Cさん宅でのお取越し。「お盆のころ、ちっとも赤くなかったホオズキが、やっと赤くなったので使ったワ」ということでした。今年はお花も異変が多いです。
 えんじ色の葉の花材は、お知り合いからもらったものだそうですが、コリウスというものかも知れません。
 手前の紙は縫製ミシンのお仕事の細かい指示書?のようです。毎日のお忙しい生活がうかがえますね。

改 豊田お取越し 大椙覚宝 IMG_20181024_110354_convert_20181024190845

 黒野でのお取越し、T さん宅です。床の間には、比叡山の第二百三十四世管長、大椙覚宝師のお名号です。明治時代の方です。
 今回はここまでにします。
 

PageTop

日曜の朝は、お寺へ来ませんか

 10月21日の日曜日は秋晴れの好天でした。
 8時からのにちよう学校は、小学生1人、大人2人に高校生1名という顔ぶれでした。
 事実上、小学生の日曜学校という集まりではなくなっているようです。おとなも来てください、朝のお参りをいっしょにしませんか。――そんな気持ちで続けています。

 この日の遊びはゲームではなく、ごえんさんの初演となる 『落語紙芝居 たぬき』でした。

改 20181021_日校 130058_convert_20181024190812

PageTop

歎異抄を深く読みたい

ナマ のロゴ_convert_20170109184140_convert_20170109203622


・『体験の叫び 歎異抄講話』 高橋常雄 著 愛媛県温泉郡三津浜町 四恩協会出版部刊

歎異抄本_convert_20181023200348


 これは、おもしろい、ユニークな、そして法友たちと苦しみを共にして読んだ歎異抄の、報告記というものでしょう。
 それを、大正十五年元旦に書かれた著者45才の「序」が語っています。

「 歎異抄は、親鸞聖人の座談であります。
 聖人を慕う門侶に対して、心おきなく、打ちくつろいで、なんの飾り気もなく、大胆に、率直に、敬虔にご自分の信念を告白せられたものであります。…(中略)…

 私は歎異抄を、過去十数年間に亘って、秋田、岩手、新潟、富山、福井、滋賀、岐阜、三重、大阪、兵庫、広島、島根、大分、福岡、熊本、佐賀の各県下において講じました。

 しかして最後の講話と思って、大正十四年9月27日より三日間、京都・顕道会館において、私の講習会を開き、全国より来会された友を対告衆(たいごうしゅう:聞きて)として、又講じました。本書はその講話を骨子として綴ったものであります。

顕道会館_convert_20181024172600


 学は浅く、文は拙(つたな)し。上梓(じょうし:出版)するほどの価値をみずから疑ってもみましたが、単なる学解ではなくて、過去数年間、悩ましき胸を抱いて、ようやく恵まれて来た、体験なのでありますから、棄てがたい愛執を感じます。且つ、私の小さい足跡の記録とも存じてますので、おこがましくも上梓したものであります。

 幸いに同朋が、求道の旅における道伴(同伴?)の友にもなれかしと念じています。 著 者 謹 識」


 しぜんな、分りやすい文章。読みやすくて熱い文章だと感じませんか? どうぞもういっぺん、この序文を読んでみて下さい。

 昔から現在にいたるまで、仏教は学解(がくげ:学問として、知識として)で話す僧侶がほとんどです。またはたとえ話。
 わたし自身も、ご自分の信念のバックグラウンドを感じさせる求道者に、なかなか会えなかった気がします。
 今から約80年も前の高橋師ですのに、よくぞ言った!と思いました。
 私も同じく、このような方法、過程をモットーにして、少しずつはっきりと恵まれてきた核心を、ブログという書物に公開しているつもりです。

 浄勝寺では現在、毎週第2火曜日の夜8時から「れんげ会」という座談会を開いています。
 長いあいだ、自分には重荷すぎると感じていた『歎異抄』を、この歳になってようやくお話しできるような気がして、第2章を5回ほどくりかえし、繰り返しお話しています。歎異抄を読んでみたいかたは、どなたでも来てください。

 わたしの領解は又の機会に述べるとして、その第2章の一句を高橋師はどう語られているかだけ、ご紹介しましょう。

改 Trim_四恩精舎昭和11年__convert_20181024181955

「  第六講  33・よき人
 『よき人の仰せをこうむりて信ずるほかに別の子細はそうらわず』

よき人とは真の知識ということである。教えられた先生は10人20人とあっても、直ちに真の知識とは云えぬ。魂からの自覚を与え、永遠に生きる道を教えてくれた人が真の知識であります。
 私に今の信念を基礎を作ってくれた人は、多い師匠の中にあって、三州の今井昇道先生であります。 
 親鸞聖人は9才の歳から29才までも教養を受けられた叡山の慈鎮和尚を真の知識と仰せられずに、29才の春、わずかに一度の面謁にて魂の目を開かせていただかれた吉水の法然上人を真の知識と仰いで、その後6ケ年間教えを受けられて、この師教の恩に対して、高僧和讃に20首の讃仰歌を捧げていられる。(※源空讃といいます)その中に

 嚝劫多生こうごうたしょうのあいだにも 出離の強縁ごうえん知らざりき
 本師源空いまさずば このたび空しく過ぎなまし

 真の知識にあうことは 難きがなかになお かたし
 流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりに しくぞなき

とまで敬慕讃仰していられます。(※じぶんのこと・衆生を流転輪廻の凡夫、嚝劫多生の群生ぐんじょうといわれます)

 越前金津の香月院こうがついん師の墓碑の傍らに、小さい苔むす墓石がある。誰のですかと尋ねると、三河の国の長松ちょうまつ様のだと答えられる。
 百里も隔てる越前と三河、なぜにここに石碑があるのですかと尋ねると、案内してくだされたお寺の母堂はこう教えてくだされた。「わしが死んだら香月院師のおそばに骨を納めてほしい。厚い教えを受けたお師匠じゃもの、死んでも離れたくない」との長松様の遺言でここに納めたのだと聞き伝えていますとのことであった。
 慕われる人も尊いが、慕う人も尊いと思われて、私は身が凛然としたことを思い出す。…(中略)…

 私は思う。先生はいつまでも尋常の教員でいても、生徒は修行して末には博士にでも大臣にでもなる。信仰もその通りで、布教師は相変わらず阿弥陀物語の一幕や、法文義文を語っていても、聞き手の人が真剣に求めるなれば、信仰は段々進展し、堂奥に入ります。もしも信仰が進展せずに止とどまるならば、それは真の信仰ではなくて概念である。
 信仰は、生ける私の魂に与えられた、活ける如来の魂であるのだもの、活動もし進展もする者であります。…(以下略)… 」

 これが「よき人」についての高橋師の解説のほんの一部です。
 少しは親鸞聖人の2つのご和讃も味わえ、また学解という言葉もお分かりいただけたかと思います。
 味わうというのは、本人(親鸞聖人)になったつもりで、この和讃の意味を考えるということです。浄土真宗は、ほんらい自分で考える仏教です。いや、考えさせていただける、温かい光に包まれた仏教だったはずです。

PageTop

「花といえばコスモス」石川淳

 9月中旬から10月の初めまでの、ご門徒のお内仏の花がたくさん集まりました。
 あるいはおじょうはん(月参り)、或はご法事(年忌)の席ですが、一杯の花器にはじつにさまざまなご苦労があり、その時それぞれのムードが出ています。
 こっそり見せてもらえるのです。じょうず・へたは言いっこなし、ありがたいですね。

改 9月豊明さん DSCF3617_convert_20181005205254

 つるでこしらえてある、ひなびた編みかごの花器に、リンドウとワレモコウ、トルコキキョウが。ここの女性がワレモコウ好きなのです。
 やや暗い落ち着いた床の間なので、そこの雰囲気を尊重して、暗めに撮影しました。 
 北方町の K さん宅おじょうはんです。

IMG_20180917_100624_convert_20181005205318.jpg

 こちらは明るい日差しの床の間。たいへんモダンな焼き物の花器に、おそらく木イチゴの葉、左手には実がひとつだけ成っているようです。白い花は分りません。
 慣れた瓶花のあしらいです。岐阜市 T さん宅のご法事で。

改 高橋さんニラ DSCF3677_convert_20181005205351

 下から千日紅、ケイトウ、アオキの葉、白いのは「ニラです。」とのこと。
 この可愛い、しかし折れ易い花の配置には苦労なさったそうです。相羽の N さん宅のおじょうはんです。

改 お赤飯 IMG_20180923_112949_convert_20181005205417

 いよいよ岐阜市内のお取越しが始まりました。ここ I さん宅のお内仏です。見どころは??⇒ お仏飯がお赤飯でした。ちょうどお彼岸の時期でしたので。
 いくつになられても、ちゃんと季節を味わっておられるご夫婦ですね。

改 康秀 DSCF3678_convert_20181005205445

 真中の芒(すすき)の穂、紫苑(しおん)が、いかにも秋らしいです。緑としてキンカンや高野マキも使ってあるようです。
 薮ラン、唐人草はどなたもおなじみでしょう。相羽の Y さん宅のおじょうはんです。

改 梅田 法事 IMG_20180925_105411_convert_20181005205508

 U家のご法事で。床の間の丸窓が手が込んで、素敵です。これも花が活けてあればこそ、と思いました。

改 庭ざくら DSCF3681_convert_20181005205533

 浄勝寺の書院です。ほんとうは春に咲くはずの庭ざくらの白い花とブルーベリーの枝です。花器は萩焼。住職が生けました。
 ご覧になったお茶の先生から、「敷き板の木目の向きを横にしてみなさい、それでいいです。」と教えてもらいました。なぁるほど。落ち着きました。

改 安達正之お取越し DSCF3689_convert_20181005205616

 パワーを感じませんか? ここの奥様にお会いすると私は生き生きとしたものを実感します。感応というのでしょうか。お花にもその「人の気」が出るような気がします。会って楽しい、岐阜市の A さん宅のお取越しです。
 白いシュウメイ菊、ケイトウ、真中の紫は孔雀アスターです。菊は全部、家の敷地で育てられたみたいです。

改 シュウメイ菊 安達敏幸 IMG_20180929_101943_convert_20181005205558

 これも岐阜市 T さん宅でのお取越し。シュウメイ菊の白、いいですね。つぼみの背が伸びるのが、この花ですから、少し背の高いものは外してあるようです。
 落ち着いた色の鶴首(つるくび)に、ていねいに生けてありました。

改 野菊 澤博昭 IMG_20181001_091211_convert_20181005205643

 これはとても小さいのですよ。ミニ盆栽というのでしょうか。野菊です。
 岐阜市の S さん宅のお取越しです。敷き板のさらに下の板は、川舟の廃材だそうです。風流というものです。

改 澤育子法事 IMG_20181002_095135_convert_20181005205709

 お軸も花器も、葉も、すべてがキチンとした印象です。六里の T さん宅ご法事。
 菊とリンドウはすぐ分りますが、下のほうのモヤモヤっとしたのが、なかなか分りませんでした。
 お庭を見直してやっと納得、金木犀(キンモクセイ)でした。独特のにおいが漂っていました。

改 坊守本堂 IMG_20181002_154926_convert_20181005205721

 お寺の平常の本堂も見てましょう。あり合わせで活けてありました。すすきを飾れるのもほんのひと時です。赤いのはコスモス。桔梗がまだ咲いていてくれます。

改 山田邦夫 お内仏 IMG_20181003_110638_convert_20181005205801

 岐阜のY さん宅お内仏。あまり大きくないお内仏ですが、引出しの蒔絵が品の良い絵でした。
 見分けにくいかも知れませんが、左すみ、右隅には巨岩が銅板かなにかであしらってあるのが、シブい。山水はいいものです。

改 安達富子おとりこし IMG_20181003_130328_convert_20181005205746

 先日ご法事で訪れた、岐阜市 T さん宅でのお取越し。赤い実はハナミズキ(花水木)、黄は秋の花コスモスです。
 小説家の石川淳は「花なら、たとえばコスモス。宇宙。」と随筆で言っていたような記憶があります。「ズルイ! さすがに着眼が鋭い…」とうらやんだ覚えもあります。。
 実がきれいな孤のライン(アーチというのかな?)を描いていました。

改 安田ベゴニア IMG_20181004_093828_convert_20181005205840

 あの精妙な美しいシュウカイドウに似た花が添え加わっていました。しかし葉が違います。ベゴニアでした。
 この花はシュウカイドウ属ですから、似ているのも無理からぬことでしょう。
 花屋さんのお仏花でも、こうして少し加えると、温かみが増しますね。岐阜市 Y さん宅のお取越しでした。

改 安田 軸 IMG_20181004_094011_convert_20181005205827

 同家のお軸は亡きおばあちゃんのご尊父が書かれたものだそうです。
 そのおばあちゃんの遺言で、新品のお内仏になりました。
 いちおうそのお骨はお内仏の外に出してありますが、目に触れないようにするともっと良いでしょう。(※詳しくは寺報の記事を)

改 安藤七宝店の皿 IMG_20181004_154748_convert_20181005205855

 岐阜市の T さん宅お取越しです。これまで当家で見たことのない飾り皿が飾られていました。裏返してラベルを見ると、有名な名古屋・栄の安藤七宝店のものです。
 慣れないお取越しの用意をお嫁さんが一手に引き受けてくださり、しまってあったのを飾ってくださったのだと知りました。お気持ちがうれしいですね。なもあみだぶつ、ありがとう。
 何の絵柄か、すぐ分りますね? 俵屋宗達(たわらや・そうたつ)「風神雷神図」です。

改 賢一10月秋の七草 DSCF3695_convert_20181005205931

 秋の七草のフジバカマはとりわけ地味な花だと思いますが、紫苑のまわりを囲むように、積極的に使って活けてありました。
 この花は葉の形がすっきりとしています。相羽の K さん宅おじょうはんです。

改 脩司氏 DSCF3701_convert_20181005205950

 花火のように華麗なお仏花がお供えしてありました。白とピンクの菊は、「じつは、まだ夏菊なんです。」とのこと。秋らしい気候に、なかなか切り替わりませんから。
 高い位置のセンニチコウは、柄がよっぽど長いのでしょうか。どうやって水に入れてあるのか、裏側をのぞきたくなりますね。下方の M さん宅のおじょうはんです。

改 脩司氏クジャクアスター DSCF3707_convert_20181005210011

 同家の床の間。ちょっと暗めの空間ですから、その感じが出るように、少し露出補正をマイナスにして撮ってあります。
 右のほうの撥(ばち)のような花弁の黄色い花はダンゴギク。一度切った後、又咲いてきた背の低い花だということです。
 薄紫は孔雀アスター。きれいで可愛いですね。わが家に咲いているのは、ここからいただいたものです。
 花器が大ぶりなので、さぞや苦心して工夫して生けなさったことでしょうね。
 

PageTop

10月法語 祖先が私の中で生きている

改 10月法語 DSCF3696_convert_20181005201551


 無量無数の祖先が私たちの身の中、心の中で生きている。そして、どうか助かってくれ、そして私を助けてくれとみんな願っている。

 助かる、助けるという言い方も、こうして何気なく使ってしまうものですが、よく考えると曖昧な言葉だと思います。
 あらためて、何から助かるのだろう?と考えています。


PageTop