易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

葬式の喪主ごあいさつ

 先日、本巣市のご門徒が亡くなられました。享年(きょうねん:お母さんのおなかに宿られてから受け取られた年月)94歳でした。

 お元気なころは、お取越しに出向くと必ず、お茶にお菓子だけではなく、いつのまにかきれいにむいたリンゴの皿まで持って来て下さる、親しみぶりでした。
 待っていてくださる…という感じがしました。

 もちろんご主人も同じで、帰りに新米や一升瓶をトランクに入れて下さる時の、うれしそうな表情は明るい、「すばらしい人間」であることを実感させられました。

改 03_11月_ブレてない杉山繁芳_014_convert_20181224201229 15年前のおとりこしで
 お葬式のお礼のことばを聞いてみたら、ゴエンサンにばかりではなく、ご家族の、息子さんたちとも同じような親愛の情を通わせておられたことがわかりました。――。
 その【会葬者へのお礼のあいさつ】です。


 遺族を代表しまして、皆様にご挨拶申し上げます。
 本日はご多用中にもかかわらず、ご参列いただき、ありがとうございました。

 母は、大正十四年四月八日、 旧本巣郡糸貫町随原に生まれました。
 戦後まもなく、顔も知らないまま父と結婚し、兄、私、弟の三人の息子をニ人三脚で育ててくれました。
 そのニ人の親の姿は「がむしゃら」といった言葉がぴったりで、今でも鮮明に思い出されます。

 生前、習字や水墨画を得意とし、市の文化展や県美術館にも出展しておりました。
 また、今のようにパソコンやプリンターがない時代でしたので、地元の氏神様のお祭りで行燈(あんどん)などに筆で文字を書いたり、近所の方から書き物を頼まれると、喜んで毛筆書きをしておりました。
 時には、弟の住む埼玉へ行くことも楽しみにしており、うれしそうに出かけたものです。

 母は皆様に愛され、わがままを聞いてくれる父に恵まれ、順風満帆な人生であったかと思います。
 最期も、息の絶えるその瞬間まで家族のみんなに 看取られ、穏やかに逝くことができました。

 本日もおおぜいの皆様に温かく見守っていただき、とても喜んでいることだと思います。

 おかげをもちまして、昨日の通夜、本日の葬儀を滞りなく行うことができました。
私たち残された遺族に対しましても、今まで通りのご交誼のほど、お願い申し上げます。
 本日は誠にありがとうございます。


 良いでしょう? さいしょは葬儀社の用意したかんたんな文面でしたが、「ちょっとお母さんの思い出も付け加えてみたら」と助言したら、思いがけずスナオに従って下さったのが、これまたすばらしいことでした。
 なにごとも、その人らしいオリジナルはいいですね。なんまんだぶ、なんまんだぶ…

PageTop

仏教に思想はあるのでしょうか

【これは、上級向けのおはなしです。わからなくても悩まないでください】

『日本仏教の思想』 立川武蔵・著 講談社現代新書 

日本仏教の_convert_20181221210024

 著者の名前が「たちかわ むさし」。冗談でしょと思っていたので、このかたの本は今まで読むことがありませんでした。一種のキラキラネームとして、私は反発を感じていたのでした。

 ところがこの秋に食堂で読んだ中日新聞に、立川先生の短い文章がのっており、とてもわかりやすくて、ご聡明でいられるのにびっくりしたのでした。

trim_IMG_20181106_132755_convert_20181221211712.jpg

 ね? 明解でしょう。私はお名前という外見でこの方を判断していたことを恥しく思い、さっそく一冊うすい本を購入したわけです。

 法然上人を追放するきっかけになった、明恵(みょうえ)上人のこと、親鸞聖人が修行なさった常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)を建てた、最澄の弟子の円仁(えんにん)のことなど、浄土真宗関係の本ではふつう知ることが出来ない事実が、大きな仏教の流れの中でいっぱい教えてもらえるので、たいへん有り難いと思いました。

 また透徹する視界を持つ著者は、
 「すでに鎌倉時代から仏教の思想家(*祖師のこと)たちが、世界の構造や世界と自己との関係について考えることを止めてしまっている…(中略)……世界についての知の体系を持たぬとき、人は新しい時代の状況に対応できなくなるのである。」

 と言い切っておられますが、僧侶は深く受け止めるべきだと思います。

 その身近な「世界」というのは、まず宗門という僧侶組織でしょう。
 親鸞聖人を敬うのではなく、組織を敬っている、そしてその組織に従う従順なだけの(*ほとんどの!)お坊さんというのは、(組織という)「世界」を利用すればするほど、(世間という)「世界」からじつは遠ざかりつつあることが見えないという、現実こそが、救われないというのではないかと愚考するのであります。

 どうやら、救われていないのは門徒ではなく、まずは僧侶ではないのかというのが、立川先生が千五百年・日本仏教の考察からみちびかれたご指摘のような気がしました。
 ご清読、ありがとうございました。

PageTop

昔話すごろくはタイムマシン

 霜でまっ白の朝の日曜学校でした。
 ごえんさんたちも入れて総勢5人でしたので、久しぶりにスゴロクをしました。江戸時代に使われたものの、復刻版です。

 はじまりは フリダシといいます。サイコロを振るからです。

ふりだし IMG_20181216_090543_convert_20181217213152

 とても華麗です。字は右から左に書かれています。
 おしまいは、アガリと言います。

上り IMG_20181216_090628_convert_20181217213206

 このゲームで遊ぶこと自体が、すなわち「タイムスリップ」であり「タイムマシン」に乗ったことになりますね?
 みんな、上がりそうでなかなか最後は上がれませんでした。くやしがるように、うまく作ってあります。

 どうやって手に入れたか?
 「40年以上前、まだ子どもがいなかったころ、名古屋・松坂屋の民芸品売り場だったかで、たしか300円くらいで買ったものです。」とのこと。
 人生、何が役に立つかわからないものですね。

PageTop

お取越しのなか、歎異抄に会う

 みなさんの家の仏様に年に一度のごあいさつに行くような気持のお取越しは、いよいよ相羽、下方というご近所に入ってまいりました。

IMG_20181204_145550_convert_20181212210709.jpg
(12月4日の浄勝寺の境内です。今年の紅葉はきれいでした。)

 前回のつづきです。

鬼ゆず由利子 DSCF4120_convert_20181212210531

 鬼ゆず、または獅子柚子(ししゆず)といわれる、存在感たっぷりの観賞用のユズです。ほんとうはブンタンの仲間らしいです。
 相羽のY さん宅のおじょうはんでお目にかかりました。

改 了生 IMG_20181128_082552_convert_20181212210637

 南領家 R さん宅お取越し。唐がね(銅)の花入れに咲いていたのはミニヒマワリだそうです。12月になったというのに!

改 歎異抄第2章 IMG_20181128_085323_convert_20181212210649

 南領家の T さん宅お取越し、親鸞聖人のおことばが軸装で懸けてありました。
 ご存知『歎異抄』の第2章です。毎月の【れんげ会】で一年間かかって読みこんできた、第2章です。

  信仰に迷い・ためらいが生じてしまった御弟子たちは意を決して、、関東から徒歩ではるばると京都まで、親鸞聖人のもとを訪ねて来られました。
 裂帛(れっぱく)の気合をこめて、聖人はお答えになられる、すばらしい場面です。

 「あなたがたはたしかに、十いくつも国境(くにざかい)を踏み越えて、命がけの旅をしてこられたことは尊い。
 それはひとことで申せば、往生極楽の道を聞きたいということに尽きるようである。」に始まって、
 「私においては、ただ念仏して弥陀に助けられるのがいちばん良いと、善き人のおことばを受け取ることよりほかに、何も特別な道があるのではないと、信じているのだ。」と展開して行かれた問答です。

 しかし【弥陀に助けられる】という内実が、問題なのでした。

 お弟子たちが【死んでゆく先】の極楽に関心を集中して寄せているのに対して、聖人は【助けられている現在のありがたさ】が往生にも自然とつながっているのだという確信を語っておられると、私は読むようになりました。

 それは、現世利益和讃(げんぜりやくわさん)と付き合せて読んでみるとわかります。たとえば
 「無碍光仏のひかりには
  無数の阿弥陀ましまして
  化仏おのおのことごとく――阿弥陀さまが変身なさったような感じで、いろんな人が、いろんな形で
  真実信心をまもるなり――失われそうな、わたしのまごころを、守っていて下さる。」

 われわれの目に見える物・人の後ろに、その人を通して、かすかにでも仏様を拝めるようになるということが、無碍光(さわりなき、ひかり)を知ることだというのでしょう。
 見ることが出来るというのが、助けられているという実感を生むのだと思います。
 信心とは、おのれの見るべきことが十分見れた、という満足感であると、最近のわたしは考えています。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ…。

改 信夫宅 玉日姫 IMG_20181129_102417_convert_20181212210734

 さて、これは大野町古川の N さん宅でのご法事に見つけた、当家のお仏壇の蒔絵です。
 おそらく、月輪殿兼実公(つきのわどの・かねざねこう)が法然聖人にご相談なさって、親鸞聖人を妻帯の身にしてみようと、娘の玉日姫のことを話しておられる場面だと思います。聖人29歳ころです。

改 敏雄 アメリカ南天_クレマティスIMG_20181204_095406_convert_20181212210817

 相羽のT さん宅でのお取越し。これはまためずらしいお花、また奥様も生け花のけいこをなさったことのあるかたと、お見受けしました。
 紅葉して柔らかな曲線を形作っているのがアメリカ岩ナンテン、白い花はクレマティスなんだそうです。クレマティスといったらテッセンしか知らないので、驚きました。

改 賢一お取越し DSCF4159_convert_20181212210844

 相羽でのお取越しは K さん宅。淡いピンクの八重の菊が可愛らしいですね。柿の出荷が忙しい時季のお花の丹精は大変だと思います。

改 西相羽克己 下掛け IMG_20181205_105336_convert_20181212210900
 
 同じ地区の A さん宅お取越しです。
 お参りに行くとときどき、「下掛け、ってなに?」とおたずねになる方があります。これです、緑の四角い布の飾り。色やガラは各種お好みで。
 ここのは、きっと着物を染め直して仕立てられたものでしょう。ソフトな感じです。お打ち敷きの下にかけるものです。三角のお打ち敷きだけよりも、厳粛さが増すでしょう?

改 平田勝美妻83歳 IMG_20181206_105139_convert_20181212210939

 当年とって93歳になられる 相羽の Hさんが立ててくださった床の間のお花です。

改 枇杷の花 IMG_20181206_101916_convert_20181212210926

 お寺の庫裡玄関に用意した花は、枇杷の花を使ってみました。いけ花展で枇杷の花を使ってあったので、(私もやってみよう)と刺激されたのでした。

改 きぬ子 IMG_20181207_103013_convert_20181212211322

 下方の K さん宅でのお取越し。お名号は老僧が50歳代のときのものですね。お花が掛け軸の正面をさけて置かれているので、ほっとしました。
 お花を掛物の正面にデンとすえる方が多いのですが、ほんとうはそれは……なんです。

改 善美宅漁夫の利 IMG_20181207_105546_convert_20181212211336

 黒野のY さん宅お取越し、部屋の隅にあったいかにも珍しい屏風です。漁夫と樵夫がなにか話していますね。

改 おつとめの場所 IMG_20181207_112108_convert_20181212211309

 同家のお内仏は脇をご注目。お孫さん用のお菓子が山積みでした。「ちゃんと仏さまからもらう」という教育なのでしょうか。それにしてもてんこ盛りで、お菓子置き場?です。

改 準司姉 丸葉ユーカリ  IMG_20181209_114949_convert_20181212211359

 下方の J さん宅でのご法事。床の間の花はお姉さまが立ててくださったそうです。
 右手のおもしろい丸い葉がユーカリなんだとか。畑にあったそうです。
 お花は軸に対して、こういうふうに横に配置して、その文字・文句を讃えているのが、ほんとうなのです。

改 秀成さん宅 DSCF4165_convert_20181212211448

 相羽で H さん宅のお取越し。チューリップかなと思いましたが、バラでした。温かみのある、黄の小菊ですね。

改 幸雄総代宅 IMG_20181211_095435_convert_20181212211554

 下方の Y さん宅のお取越し。その日はおられませんでしたが、娘さんが用意してくださったお花です。家族のつながり、が感じられたお花でした。

改 幸雄宅 IMG_20181211_095512_convert_20181212211608

 同家のお内仏の蒔絵です。左手の松の枝、幹に白く雪が掛かっていますね。
 ちょっとわかりにくいかも知れませんが、おそらくは雪の中で石を枕にお念仏されていたら、日野左衛門(ひのざえもん)が出て来てうんぬん、という伝説の場面でしょう。
 
 翌日にお参りした、相羽の O さん宅の掛け軸は、そこをわかりやすく描いてありました。

改 青木宅 DSCF4167_convert_20181214195017

 聖人が44歳のころ、常陸の国(茨城県)でご布教されておられたとき、真冬の日が暮れて雪が激しく、一夜の宿を求められたところ、主人の日野左衛門はむべなく断り、とうとう門前の石を枕にして一夜を過ごさねばならなくなった。
 お念仏を称えつつ、3人で寒さに耐えていたが、日野左衛門は夢にある声を聞いた。「あれはただの僧とはちがうぞ。すぐ起きて大切にもてなしをせよ。」―うんぬん。

 もっとわかりやすいのは、愛知県日進市にある、五色園の有名なコンクリート彫刻でしょう。

改 五色園 日野左衛門門前石枕_convert_20181214203837

 あまりの好天の下で写してある写真なので、寒い夜の雰囲気はありませんが…。

改 玄関の DSCF4172_convert_20181212211537

 はい、私も秋の花を活けてみました。菊も終りです。小さなユリは今ごろ咲いたのでした。

改 2018_おとりこしの飾りかた IMG_20181211_110931_convert_20181212211640

 相羽の H さん宅でのお取越しです。
 あまりにもきちんとパーフェクトに整えてありましたので、お手本の図に作ってみました。

 12月は中旬までの、お取越しでのみなさんとの出遭いでした。以上です。


PageTop

わたしのゆく所

法語12月 DSCF4161_convert_20181205152818


「父上のおわす御国みくに

母上も また往きたも

われも往かばや」

こういう心情が味わえるといいですね。


………………………………………………………………

この歌を詠んだのは北陸の有名な僧侶です。わたしはその方がニガテなのですが、歌の心情はよくひびいてきます。

PageTop