易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

令和元年9月秋彼岸会 宮田先生登場

 ことしは暑さ寒さも彼岸まで、は当たらないようです。

 9月24日(火) 彼岸永代経は、3連休明けのせいでしょうか、お参りの出足が伸びませんでした。しかし、機が熟したひとは、全員来られました。相変わらず半袖が楽な暑さでした。

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 宮田先生たちは滋賀県のお同行(どうぎょう:門徒さん)たちといっしょに、9時前に到着されました。

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 その総勢で記念写真を撮っておられたので、私もお手伝い。

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 午前中のお勤めです。総代さんがお焼香に出られたところです。

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 先生の、こんせつ・ていねいなご法話。ぜったいに分かっていただきたいという、迫真のことばです。なんまんだぶつ。後日録画をお目にかけたいと思っています。

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 聞かれる皆さんも、いつになく集中しておられました。

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 わたしも、精密な話の展開に「驚嘆」している場面です。今回は有志の M さんにビデオ撮影を頼みました。

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 午前と午後のお供え配りです。気は心、と思って下さい。

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 御開山(向かって右)のお仏花です。藤色のきれいなお花や生き生きとした百日草はご門徒さんからいただきました。

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 法名軸の前のお仏花です。写真の色がへんですが、赤い千日紅も、いただいた花材です。

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 ご代前、(向かって左:うちのお寺は連座像です)のお仏花。格安スマホの写真の限界かも?

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 さきほどの法名軸の前のお仏花。明るいところで写したものです。ちょっと違う? ーよく気が付きましたね。
 いちど立て終わったとき、お花をいただきましたので、もう一度立て直したため、少し変わっています。

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 何が何だか分かりませんよね? 正面の仏前に運ぶ前に撮影出来なかったのです。時間の余裕のない状況で、つぎつぎと立てて行かなければならず…。しかも、法要の翌日に撮影、だいぶ花が弱っています。おそまつさま。

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9月24日 秋彼岸永代経 真宗の修行

2019秋彼岸会

 【住 職 法 話】他力・仏力をいただくとは
      
  こうすればさとれる、八正道
 仏教といえばお釈迦さまの教えで、最初に習うのが「八正道」(はっしょうどう)です。阿弥陀経には「八聖道分(はっしょうどうぶん)」と出ています。これが実行できれば、生きながら仏さまですよ。

 一には正見 (ものを正しく見ること)…貪欲と布施心を比べて見、怒りと和らぎを比べ見、この世と彼土を見、偽善者と真心の人を比較して見たりして自ら覚り、自ら証し、自ら知り、自ら行う気持ち。
 二には正思惟 (物を正しく考えること)…考えるときは欲心なく害心なく怒りなく。
 三には正語 (正しく語ること)…両舌、悪口、妄語、綺語を言わない。
 四には正業 (正しく活動すること)…殺生、邪淫、盗みなどをしない。
 五には正命 (清らかな正しい生活。)…命は使命、正しい職業に就いて生活する。
 六には正精進 (道を求めること。:正しく努力すること。)
 七には正念 (正しい憶念。四諦の道理をつねに心に留めている。)…正しく記憶すること。
 八には正定 (正しく心を落ち付けて安心すること)…人間世界の不善の法を離れる精神。

 この八正道を自分の力で実行するのが仏教だと教えるのが、自力・聖道門です。出来なかったら地獄行きは当然です。あなたは、いかがでしょうか? 「大事な事ばかりじゃないか。だれもが守らねばならないものだ。」と意欲満々なタイプもおられるかも知れません。

  無理な人には他の方法で

 しかしまた、「じつにごもっともですが、とてもじゃないが自分には無理。」という人のために、七高僧の方たちが苦心のすえ見つけ出された仏教が浄土門・他力の教えです。他の方法によって、容易に得させてもらえる道、信心の道。浄土真宗はこの他力・浄土門の宗教なのです。

 信心をいただくことの大切さ
 この方法は、もっぱらそういう人間を前提にうち建てられた阿弥陀如来の不可思議な、金剛のおこころ(まごころ。信心といいます)のお力をわが身にいただくことによって、気ままや、良カッコしいの悪い癖や、自分さえ儲かればいいという欲から離れることが出来るのです。これを信心をいただくといいます。マゴコロが伝染(うつ)って来るのです

 われわれの煩悩は大きく三つ、とされ――

 ①貪(ちょっとでも多いほうがいい、安いほうがいい、トクするほうがいい)
 ②瞋(自分の損は他人のせいだ、わしの考えとちがうなんてわしの敵だ!)
 ③痴(自分の考えのほかは意味がわからない、せまい了見、冷静に筋道がたどれない)や五欲というものは、現代のように仏教から遠ざかっている人が多い時代では、「あたりまえ、何が悪い。それなしでは生きて行けん」と一蹴されてしまうかも知れません。
すでに人間が三毒煩悩に害されてしまって、(お釈迦さまの教えもすばらしいなぁ)などと感じる純粋な心は亡びてしまっているひともあるでしょうね。世も末の時代、末代なのですから。

 心の中が荒れてしまった人間が多数になれば、無反省な個人の悪業は増えるいっぽうで、犯罪も多発し、「恥の文化」も消えさり、政治は堕落し、国家も危うくなります。来世どころではありません。この世から修羅道、地獄道がはじまっているのです。

  浄土真宗の「修行
 個人の知らず知らずの悪業(あくごう)の積み重ね、社会の濁りゆく大きな流れ、すべては地獄へ向かっていますが、それを避けるためには仏さまの力を借りて信心を得ること以外にはありません。

 それは御文章にあるように、『信心獲得(ぎゃくとく)すというは、第十八の願を心得るなり』の通りなのですが、第十八の願とは仏さまのお心なのですから、目で見えるものではありません。受けとるこちらの心を整理し鋭敏にして、いわば心眼をきたえる必要があるでしょう。

 このとき便利なのが八正道の教えです。仏教の正門である八正道の教えを鏡にして自分を内省することから始ります。日ごろこの鏡を思い出し思い出しして暮していきますと、ふしぎなことに自分が虚仮不実(コケフジツ:いいかげん。その場かぎり)であること、罪悪(なんでもあたりまえに思う心。執着心)が深重(じんじゅう)の身であることが見えて来るようになります。これが浄土真宗の「修行」ではないでしょうか

 わたしの本心を救ってくださるひと
 この修行が進むと、生活を養うために、金、地位、権勢、愛欲などに執着するじぶんの心が、良く解るようになります。この執着心が巨大化して、如来様から来ている信心の道をふさいでいるのでした。

 反対に、仏さまに近づきたいという純粋な心、できれば信心を得たいと思っている本心はほとんど滅びて亡者状態になっているのです。私たちのたましいが心の奥底で泣いているのが見える気がしませんか。

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 ご法事などで私はお経の前に、「お念仏をいただきましょう!」と呼びかけることが多いのですが、なかなか声に出してくださらない方があります。「出したくても、出しにくい…」のは、やはり、その方の本音、たましいが亡者になっているからだと思います。 

 この本心を救ってくれる人、その要求に応じてくださるのが弥陀の本願です。この弱い魂をお目当てに呼びかけてくださるのが、弥陀の本願というものです。
『汝(なんじ)、一心に正念にして直ちに来たれ。我よく汝を護(まも)らん』というお声であります。これを本願招喚の勅命(ちょくめい)と申します。

 この「魂の悩みを見つめて念仏せよ」という声が、苦しんでいる心魂・本心に到達すると本心が力をもらって目覚めて生き返り、ナモアミダブツと喜びが出るのです。信心はここに開いて来ます。もちろん実際には、そのとき善き人(善知識)という先覚者の声が耳に聞こえているものですが―。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ【令和元年 九月十八日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】 


《おことわり》 十代から捨て身の求道と失敗をつづけ、全国の在家信者の家々で法座と座談を重ねつつ、体験した話を雑誌『慈悲の国』で毎月発表して行かれた僧侶が大正、昭和におられました。これはその高橋常雄師が昭和4年(1929)同誌9月号「連載 信仰座談」に発表された座談をもとに、私が領解したものです。合掌

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9月、お彼岸までの仏前の花

 9月からのお仏花です。9月といっても、前半は真夏並みのむし暑さでした。

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 でも、このころからてっぺんのとんがった、角(かく)虎の尾が咲き始めます。ほっといても、素直に咲いてくれる、有難い花ですね。
先月からずっと桔梗が咲き続けてくれます。おなじみの唐人草もありました。
 相羽の M さん宅のおじょうはんです。

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 亡きくなった奥様が大切にしておられた花を、ご主人が取って来られて「むちゃくちゃだけど…」と花瓶に盛ってありました。
 その純なお気持ちが、うれしいですね。角トラノオ、だんご菊、唐人草、花が終わっての球状のものはヒオウギでしょうか。
 六里の T さん宅で百か日のお参りでした、

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 角トラノオ、ここにあり、と叫んでいるようです。千日紅が見えています。白い花は、ちょっと臭いがかわいい、ニラの花かな。百日草がいろいろありました。
 相羽の K さん宅おじょうはんでした。

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 先月のお参りは、暑さで体調不良となられたため、お休みでした。今月は意気込みがすごいです。
 きっちりと長さも位置も考え尽くされた、お仏花です。ハハ―ッと平伏したいですね。
 ぜんぶ畑で育てておられる菊に、千日紅がかわいらしく並んでいました。
 下方の S さん宅のおじょうはんでした。

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 同家の床の間です。純白のこの花は有難いですが、葉っぱがでかいのでどうやって使おうか悩む花です。てっきり「花ミョウガ」だとばかり思っていましたが、間違いでした。縮砂(しゅくしゃ)という、ショウガの仲間らしいです。
 実は漢方処方用薬で健胃、整腸作用があるそうです。
 
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 これも同家の、玄関先。黄色のカンナです。千日紅もあります。大きな葉っぱが印象的ですね。ご主人の杖が痛々しいです。

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 細長い薄紫の花は薮ラン。これから咲く花です。小さいつぼみがいっぱいのはムラサキツユクサでしょう。
 ピンクは庭にきれいに咲く水仙のような、ハブランサスかな?と思いましたが、変った分厚い葉っぱですから、蘭の一種でしょうか。
 青いふっくらろした花は、最近あちらこちらで見る、茎の黒っぽい、外来種です。名前は知りません。相羽の K さん宅のおじょうはんでした。

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 浄勝寺のくり、台所からおおの温泉を見た方向です。
 生垣に朝顔がまだ咲いていてくれます。秋彼岸の寺報に使おうか迷った写真です。

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 北方の K さん宅のおじょうはんです。黄色の花はおんさい広場(産直)、オンシジウムというものでしょうか。
 シュウメイ菊はご自宅です。ことしは暑さのせいでしょうか、シュウメイ菊のつぼみがなかなか開きません。
 全体の輪郭がきれいなバランスですね。さすがに若いとき則天門をたしなまれた功徳があります。

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 これはまた、明るい華やかさのあるお仏花でした。角トラノオとセンニチコウ、唐人草は分るのですが、あとは…きちんと聞いておけばよかったです。
 黒野の H さん宅で、義父さまの年回法事でした。

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 同家の床の間です。黄色は女郎花(オミナエシ)。左右には秋明菊(シュウメイ菊)と角トラノオ。
 で、それとなくこだわりが見られるのは、左上方の地味な花、吾亦紅(ワレモコウ)でした。焦げ茶色の玉が見えるでしょ? 花穂です。
 
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 きれいに咲いた菊の花一色、ぜいたくに短く集めてありました。岐阜市の A さん宅おとりこしです。ついに今年もお取越しが始ったのでした。

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 同家の駐車場です。周囲を菊の苗が取り巻いています。
 全体に支柱が立てられ、上からドームのように寒冷紗の白や日よけの黒いビニールが掛けられています。向うの方から1月、2月、3月…カメの近くは9月という札が差してあります。
 「一年中、ここから切れるようにしてあります。」とご主人。こだわりの菊栽培でした。恐れ入りました。

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 この花は分ります、お寺の花畑にもあるので。背高く伸びているのは段菊。ここのは白と紫と並んでいますが。
 黄色の花は団子菊、真中がお団子状に盛り上がっていますから。
 小さい可憐な花は孔雀草 (くじゃくそう). (孔雀アスター)でしょうか。ピンクのは秋明菊かな。相羽の K さん宅のおじょうはんでした。

 さて、いよいよお寺ではお彼岸会の準備が待っています。

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成仏しなければ地獄

9月法語 DSCF4929_convert_20190911111803

 昭和7年10月四恩協会発行『正信偈の座談 下』 高橋常雄師著、のなかのことばです。

 といっても、おおかたの皆さんにはどういう書物かわからないと思いますので、序文を上げておきます。
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 中を読んでも、四恩の会とか、見当もつかないかも知れません。先の序に続いて、本書利用の仕方が示されていますから、読んでみて下さい。

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 いかがでしたでしょうか? 門徒数数人というお寺に入り、一年中日本各地の在家法座を行脚しつつ、ただひとりの企画と実行力で、仏教の教科書を作り、信者を育成するメソッド、マニュアルを確立していた高橋師の先見の明は? この書の印刷もまた、愛媛県の自坊の印刷機でなされたようです。

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8月 ひまわり法話 手をつないで歩きたい

 8月27日(火)は、谷汲のグループホームにお話に行きました。
 この暑さですから、自室から出て来れない方が多いのも無理はありません。

IMG_0140加工_convert_20190909110546      職員さん撮影
 暑さに逆らわないようにゆっくり、もっさりと話をしようと意志をかためていました。

 まず、午前中のお参りで受けた相談・「歳を重ねてきて、手をつないで歩きたいのに、主人に手をつないでもらえない。」という問題をみなさんに投げかけてみました。

 わたしには難問です。なぜなら20歳のころ、これについてのひとつの強烈な思い出があるからです。

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 それは小説家石川淳の生活スタイルの影響です。この写真は昭和36年、作家が62歳のころです。(この年全十巻の全集が筑摩書房から出版)撮影は高村 規(ただし)。うまいですねぇ。芸術家の高村光雲の三男さんの、息子さん。(詩人であり彫刻家の光太郎の、甥っ子。※先ほどの記述は私の誤り。)

 街をご夫妻で歩かれる時は奥様はすこし後ろにおられたようで、出会った人が「どちらさんで?」と作家にたずねると「ケライです。」とだけ。そっけなかったというエピソードというか、伝説が書いてありました。私はしびれました。まだシビレは残っています。

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 後半の授業はにちよう学校のおさらいでした。5つのお釈迦さまのことばです。いちおうクイズ形式にしました。
 この「犀の角のように」というのは、お釈迦様らしい印象的なたとえです。
 ここをクリックして⇒ 8月ひまわり 手をつないで



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ついに岐阜へ来てもらえます!

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 平成8年、京都・本願寺から入寺のお世話を受けられることになったとき、お師匠様から示されたアドバイスがすごいではありませんか。

 「門徒さんが待っておられる寺ではなく、ご本尊が待っておられる寺に行きなさい」

 なんまんだぶ、なんまんだぶ…私はこれを聞いて、思わずお念仏してしまいました!

 御健康を害しておられるなか、ご無理を申して、遠くからお話に来ていただけることになりました。お知り合いの方といっしょに、ぜひお誘い合って、お参りに来てください。きっとすばらしいご仏縁となりますよ。

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 当日来られたかたには、このほど仕上がりました、『大きい字の 阿弥陀経』の本 (広げるとB4サイズ)を全員に差し上げます。目がらくですよ。お楽しみに。

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新しい、山門のことば

 先月の台風で、山門前の掲示法語の紙が破れ飛びました。気に入っていたのですが、あきらめて、別のを書き直しました。
 私とほぼ同年の、天才・橋本治氏の書名そのままです。(新潮選書)

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