易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

「正しい」答を出しても、それは仏教ではありません。

 【12月10日(土)の ひまわり法話】

 今日は、お墓の話をしましょう。
 私はご縁があってお参りする墓地では、時間さえあれば写真を撮っています。この20年間に集めた、いろんなお墓の写真を見てもらいましょう。

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 まず木のお墓です。墓標(ぼひょう)といいました。岐阜の高富からずっと奥に入った集落のお墓です。
 すぐ向こうには川が流れています。土葬した所です。老僧の字で書いてあります。父の遺影に使った写真は、この場所で撮りました。

エンボス 肖像画 Docu0001のコピー_convert_20161212195115 Nikon F2

 土葬の土地では石のお墓が立てられません。なぜかといいますと、村はずれのその土地をかわり番こに使って、穴を掘らなければならないからです。
 私の村も、祖母のお葬式は土葬でした。穴を掘る作業の大変さなどから、お葬式のやり方が変わるにつれて、石塔に変わっていきました。

 これは、つい先日、池田町のご門徒宅へお取越しのお参りに行ったとき写したお墓です。

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 今では使われていませんが、昔の墓地の姿がそっくりそのまま、きれいに保存されていました。
 蓮の花の台座は棺桶を置くところです。長く寝かせるお棺は昭和に入ってくらいで、明治までは坐棺ですから、これでちょうどいい広さだったのでしょう。蓮の花はさとりの象徴。汚れた泥(世間の常識に流されること)にも汚れずに、きれいに花咲くでしょう。? 私たちも忘れないようにね。
 まん中はろうそく立て、香炉、紙花を並べる台です。こちら側に赤い曲禄(きょくろく)を置いてお導師が座ります。ほかのお坊さんも参列者も立ったままですから、脚はしびれませんでした。
 手前のやや右寄りの小さい台は、きっとお導師がおりんとか、中啓とかの法具を載せる所かと思います。
 仏さまは、よその墓地では、これらの奥の方に、石の阿弥陀様などが安置されていることが多いのですが、ここには無いようですから、お寺から貸し出すご本尊を持って来て、御棺の向こうに、青竹にでもぶら下げたのでしょう。

 墓地入口あたりにはどこでも六地蔵(ろくじぞう)があります。交差点や道端のお地蔵様とは少し意味が違います。ここはりっぱなお堂が護持されていました。

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 人間は生きている間に、6つの場面に出会う、くりかえし出会うものだというのが仏教の教えです。かんたんに申しますよ。
 スキあれば自分が上に立とうという 地獄道、自分のものが目減りするのが惜しくてたまらない 餓鬼道、なんとかラクして金もうけが出来ないかという 畜生道、いつも仮想的を作っていないと仲間がまとまらないという 修羅道、ひょっとした仏縁に恵まれて、いつまでも欲と憎しみだけで生きていてはいけないなぁと気が付く 人道、こんないい調子がいつまでも続けば良い、他の者がどうであろうと、俺の言うことを聞くものには優先的にいい仕事をやろうなどと、欲望限界まで満足したい(迷い)の頂上である 天道――6つの迷いの場面、六道というのです。

 しかしそんな人生は次の世では悪道が待っています。せっかく人間に出た以上は悪道に落ちることのない、仏さまになる道を選ばなければなりません。
 この六体のお地蔵さまがその手助けをしてくださるのですから、どうぞ御慈悲にすがって、悪道へ向かいませんように…という用意がしてあるのです。――死んでからでは手遅れだと思いますが、私は。

 さて写真を見て行きましょう。本来のお墓は、ひとりずつ立てたものですが、そうも行かなくなると合同の墓石が出てきました。昔から多いのは先祖代々の墓、○○家の墓でしょうが、こんなのもあるのですよ。

RIMG0028円妙_convert_20161212174152 相羽のお墓です。おそらく祖父の字。

 個人のお墓の次は夫婦のお墓、家族のお墓ですね。

改 RIMG1802_convert_20161212174337 江戸期、黒野のお墓。

 これは先生の墓、門弟中と彫られていますよ。昔の人は感謝の念が深いです。こった、美しい字体ですね。

IMG_0314_convert_20161212174136.jpg 本巣市の見延です。

 またこのお地蔵様らしき仏さまのお墓は、胸の上に「南無阿弥陀仏」というお名号を抱いておられます。可愛らしい十四歳の娘さんを失った深い悲しみが感じられますね。こんなに美しい曲線のお像はめずらしい造形です。名作だと思います。

03_10月 黒野お墓_ _008_convert_2016121217404313年前には、たしかに黒野にありました。

 最近の新しいお墓はどれもこれも「南無阿弥陀仏」に揃ってきました。正解ですが、寂しい気がしませんか?
 私はちょっとへそ曲がりなので、さびしい気がしますよ。
 昔から 「正解(本山おすすめということ」) の文字がもう一つあります。ご存知でしょうか? 
 阿弥陀経に出てくる言葉なんですが、お浄土へ行けば仏さまになる寸前の、すばらしい人たちの仲間になれますよという、「倶会一処(くえいっしょ)」です。知らない?
 「ともに、ひとつの、場所で、会いましょう」という呼びかけです。合言葉。いいでしょう。では、実例を―。

03_10月 黒野お墓_ _009_convert_20161212174105 黒野、現在消滅。

RIMG1755_convert_20161212174256.jpg 池田、現存。

 死んで終わりではない、その先の場所が問題だ、というわけですよ。

03_10月 黒野お墓_ _005_convert_20161212174022 黒野のお墓。現存。

 こういうお墓も、しびれますね。お正信偈にも出てきますよ、「即生法性之常楽」。善導さまのところです。涅槃(ねはん)の世界は六道の輪廻を超えた、安らかな世界なんです。最終目標がズバリ、表示されています。

 同じようで、ちょっと残念な例が、これ。京都大谷の墓地にあった、江戸時代の墓石です。

京都大谷 IMG_0378_convert_20161212174359

 右上です。 「親族 倶会一処 墓」。私は、(なんだ、親族だけか、けちくさいなぁ)と感じました。
 ○○家も、△△家も、縁があればいっしょに入れたげればいいのじゃないですか?
 心を広く持って、受け入れる包容力があるのが、仏教徒でしょう。ご門徒さんにも、あまり狭い気持ちにならないで、いっしょに仏さまの世界へ行きましょうという気持ちになってください。親戚の人でも入れていいですよ、と言います。
 タタリが心配?――そんなケチな根性こそ、何かに祟(たた)られるわ! お浄土は広大会(こうだいえ)です。

改 12月ひまわり 親族_convert_20161212194109 SONY Handycam

 こうして見てきますと、故人のお墓から始まって、家のお墓、さらに家や血統にこだわらない包容力を示してある「倶会一処」や「南無阿弥陀仏」のお墓へと、様変わりしてきたことが、よく分かるでしょ。

03_8月21日_013_convert_20161212181918 きっちりした祖父の字。下方。

 かんじんなことは、個人や血筋、家にこだわらない、広いたましいの出会いの場所を意味する「南無阿弥陀仏」のお墓をせっかく立てながら、その尊い意味にまったく気が付いていない、差別だらけの、我善かれの、狭い根性の人間が、「正解」のお墓を立てて、すました顔をしているというのが、悲しい実情ですね。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ……。

 もっと究極的に、お墓はいらないという形を続けてきた土地も、じっさいにあります。御内仏と、師匠寺と、お念仏があれば十分でしょ?



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