易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

寺報 №161 ただめずらしく面白く

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  【住 職 法 話】 ただめずらしく面白く

      浦島太郎のうた              
  これが何の歌か、みなさんは解(わか)りますね。『浦島太郎』です。さあ、歌えるでしょうか?
  今から百十七年前、すなわち1900年(明治33年)の唱(しょう)
 歌集(かしゅう)に載(の)ったこの歌は、戦前は全国の小学校で習いましたので、日本人ならだれでもが歌えた歌でした。

浦島太郎 楽譜_convert_20170115203853

  5番まであって、長いといえば長いのですが、人生というものを考えるには、じっくりと考える時間が必要(ひつよう)なのです。
  ひとことではピンとこない、長くないとわからない、わたしたちの「鈍(にぶ)さ」というものが、私たちの身(み)にはあるのです。
 しんぼうしましょう。

 ① むかしむかし浦島は  助けた亀に連(つ)れられて
   龍宮城へ来て見れば  絵にもかけない美しさ
 ② 乙姫(おとひめ)様(さま)のごちそうに  鯛やひらめの舞踊(まいおど)り  ただ珍しく面白く  月日(つきひ)のたつのも夢のうち
 ③ 遊びにあきて気がついて おいとまごいもそこそこに
   帰る途中(とちゅう)の楽しみは  土産(みやげ)にもらった玉手箱(たまてばこ)
 ④ 帰って見れば こは如何(いか)に  元(もと)居(い)た家も村も無く
   路(みち)に行(ゆ)きあう人々は  顔も知らない者ばかり
 ⑤ 心細(こころぼそ)さに蓋(ふた)取れば  あけて悔(くや)しき玉手箱
   中からぱっと白けむり  たちまち太郎はお爺(じい)さん

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 どうでしょうか、すなおに声に出して歌えましたか? ―よくできていますね。とくに2番がすばらしいと思います。「月日のたつのも夢のうち」。人生を大きく眺(なが)めての、親切(しんせつ)な歌詞(かし)です。

     生きる目的を忘(わす)れた人間の末路(まつろ)
 浦島太郎の絵本(えほん)はいろいろ出版(しゅっぱん)されていて、読んだ人たちの感想(かんそう)をインターネット上で見ることが出来ます。その中で「結(けつ)末(まつ)があまりにさびしい」という声がちらほら目に付きました。もっともなことです。
 この話は、与(あた)えられた人生でやるべきことをやっておかなかった人間の末路(まつろ)、行(ゆ)く末(すえ)が明(あき)らかにされているからです。古代(こだい)から日本人が伝(つた)えてきた、教訓(きょうくん)のはなしといえるでしょう。

      どんな世界が待っているのか…
 わたしたちの人生もまた、浦島さんと同じく「ただ珍しく面白く」、これだけを目標(もくひょう)に生きてきたと言えるのではないでしょうか。めずらしいものが食べたい、行ったことのない所へ行きたい、面白(おもしろ)そうなものがあれば飛んで行く――だけを楽しみに、くりかえしてきた人生、これを仏教では流転(るてん)の人生というのです。

 お取越(とりこ)しでこの話を出したとき、「そのとおり! 今でも折(お)りあらば、どこへでも行きたい!」とハッキリおっしゃった九〇歳近い方がありました。…現代では、この世が龍(りゅう)宮城(ぐうじょう)なんですね。
 浦島さんは龍宮城での遊びに飽(あ)きて気が付いたのですが、時(とき)すでに遅(おそ)し。後(あと)には孤独(こどく)のきわみ、無間(むげん)地獄(じごく)が待っていました。この世の楽しみを求めるために必死(ひっし)で働いてきた我々(われわれ)も、その後(あと)に待っている世界、後生(ごしょう)があることに、まったく気が付いてはいないようです。死んだら終わりではないのです。お念仏と出会うことがなければ、とてつもなくさびしい闇(やみ)が口を開(あ)けているのです。

 歳(とし)をとっても味わえるすばらしい歌ですね。100年たっても、素晴(すば)らしいものはすばらしいのです。なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。【平成二十九年一月三日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】


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