易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

バルザック、バルザック、バルザック

・バルザック 『ゴリオ爺さん』 中村佳子訳 光文社古典新訳文庫

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 ついにバルザックにたどりつきました。

 20代からずっと、死ぬまで読むことはないだろうと思っていたにもかかわらず、いつの間にか、ちょっと読んでみたい…となり、あぁひょっとすると読むぞ…、いや、やっぱり面倒だろうな…、おまえはどれだけ欲が深いんだ、若い時に気になる小説という小説は古代から近代までもらさず読んだと言っていたじゃないか…、イヤそんなに頑(かたく)なに原則に囚(とら)われなくてもいいのじゃないか?…と、40年もの間その距離が遠かったり、ちょっと近づいたりしていた、バルザック。
 長かったですねえ。(こんな気持ちで Leica ライカ を想っている方も、ずいぶんあるのでしょうね。?――ちょっとちがうかな。)

 小説は読もうと読むまいと、どちらでもいい、自分に読まねばならないものはもうこの世に無いのだと、気持ちの整理を付けて僧侶として出発してきたのですが、数年前から思わぬ刺激が現れました。
 フランスの映画監督・フランソワ・ロラン・トリュフォーが熱烈なバルザック・ファンだと知ってからです。

 わたしは「映画」については決して語るまいと、ブログの自己ルールを決めてあります。ものすごく映画好きだからです。そしておそらく、ものすごく貪欲にというか、必死で対決しながら DVD映画 を観て来た人間だからです。

 インターネットで見れる映画の記事は、ほとんど考えの浅い人たちが書いておられ、ある人はエラソウに、ある人は深刻そうに、あらすじという、ばかばかしいものを追っておられることが、ほとんどです。話にならないのです。その中の一人になりたくはない、ということです。

 そこでトリュフォーですが、すべて大好きなんですと告白しましょう。全作品見ているのです。その作品のなかでも、バルザックへの愛着、尊敬が遠慮なく、隠さず出てきます。
 信心にたどりつくには、善知識が不可欠であると、親鸞聖人がおっしゃっておられますが、ほんとうにそうです。トリュフォーという善知識が素晴らしいので、バルザックという見も知らない仏様が、信用出来てしまうのですね!。

 この『ゴリオ爺さん』、題名からして地味ですよね。いかにも江戸時代が終わる30年以上前に書かれた、古い小説という感じです。
 フランス語の文体もおそらく、古めかしいのでしょう。訳が分かりにくいところが、ある。「これだから、読むのを本能的に避けていたのかも知れん」とため息もつきました。

 しかし、これはおもしろい。実におもしろいです。ワクワク出来ます。昔から言われるように、バルザックに触れると、全作品を読みたくなる魔力を感じるのだそうですが、その通りでした!

 「高潔な感情が狭量でしみったれた薄っぺらな社会とどうやって仲良くできるものだろう?」――文庫で500ページを超える本書ですが、その終わりがけで主人公がつぶやくセリフです。(もうちょっと、読点を打ってほしいですがね)
 ありがたいですね、ハイ、これが小説の定義というものですよ。こんな明解な定義まで、バルザックは惜しげもなく教えてくれます。その惜しげなき愛の豊かさ! 
 おお、バルザック! バルザック!。 高潔な感情を持ったみなさん、必読書ですよ。  以上
 
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