易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

海老フライのはなし、「法事はいつまで」――ゆったり版

  5月19日(金)。花まつりと前後します。

 毎月出向きます、グループホームでの交流です。
今回は、前日の夕方から体調をくずしてしまうハプニングに見舞われ、法話自体が成立を危ぶまれました。
 熱はないのにブルブルふるえが来て、そのうちに吐き気に襲われたのでした。――そのあたりから話を聞いてもらいました。

 お話じたいは、先月の 「すっきりわかる仏教講座」 そのものですが、とにかく皆さんの笑顔に支えられながら、もたれるように、ゆったりと語ってみました。
なんの用意も出来ないままでしたが、出発する直前に 「海老フライ」 の模型を作って、会場へ急行しました。

改 20170519_ひまわり法話_convert_20170524210953

 その海老フライというのは、1985年ころ、そのころは岐阜の徹明町に自由書房があったのですが、そこで買った『NHK できるかな ①のっぽさんのコックさん』の絵本に作り方がのっていたぞ…と思い出して、まねしたものです。(青木書店刊)

TRIM_改 海老フライ DSCF1743_convert_20170524212257

 おかげさまで、なごやかにご法話を終えることができました。
 しかし体力回復の不安は抱えたままです。なにしろ、この2日後にはにちよう学校の「花まつり」が控えているのでしたから。
 では当日のようすを味わってください。
      →ユーチューブです。
     ひまわり法話 ⑤ 法事について

 ここでご覧になる方は、こちらで。画面は小さいですよ。




スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

法事についてご説明ありがとうございます。
説明の中で、自分の成仏の為に行うとのくだりが有りましたが、亡くなっている先祖の為にはどういう気持ちで、お念仏を唱えれば良いのでしょうか、お教え下さい。

| URL | 2017-05-31(Wed)08:59 [編集]


あなたも心の中をさぐってみてください

ご質問を2日間、なんども読み返してみたのですが、わたしの心では理解できない内容でした。
わたしの心の中をさぐってみたのですが「先祖のためにお念仏を称えなければ」というものは、ちっとも見当たらないのです。

質問されているお方の、お顔も、バックグラウンドも、ご性格も、まったくわからない状態ですので、どう言えばよいのか迷っていましたがー

① 亡くなっているご先祖のために、なぜお念仏を称えることが必要なんでしょうか? それほどのご心配を、どなたかのうえにいだいておられるのでしょうか。

② ひょっとしたら、お念仏というのは死んだ人にお称えするものだという固定観念――一種の共同幻想――に、あなたご自身が囚(とら)われておられるのではないでしょうか?

こういう、みんなが共通して持っていることが多い「思い」というものは、学歴や人格などと関わりなく、あなたを縛っているものではないでしょうか。
われわれは、仏教で「とらわれ」や「しばり」から解き放たれるという実習と功徳を受けるのです。

回答にはならないでしょうが、老訥(ろうとつ:それがし)の感じたままを記しておきました。なもあみだぶつ

倍俗氏 | URL | 2017-06-01(Thu)06:58 [編集]