易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

11月のひまわり法話 老少不定

 11月16日(木)は午後からひまわり法話に出かけました。語り合いの許される、貴重な場所です。

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 お正信偈のおつとめのあと、語りかけです。写真は職員のかたが写して下さいました。

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 この朝体験したばかりの実話から話すことになってしまいました。だれの言うことも聞かない、おばあちゃんの話です。
 午前中4軒の法要が終わってお昼から来たのですが、「現代では、すなおにいうことを聞ける『先生』を持っていない人が、ほとんどだ。不幸なことだ…」 という感慨に私が捉(とら)われ続けていたことから、用意していない話から始まったのだと思います。

 親鸞聖人のことばで思い出すのは、「ただ道あることを信じて、すべて得道(とくどう)の人あることを信ぜず、これを名付けて、信不具足とす」。

 もちろんこの通り覚えていたわけではありません。注釈版聖典の索引で、「たしか、信不具足といった?」という記憶から、夜になって該当の箇所を見たのです。(教行信証の信巻・本、三一問答、信楽釈です。また同文が化土巻・本、真門釈でも再出。)

 これは『涅槃経・迦葉品(かしょうぼん)』というお経からの引用文なのですが、あとに再出の化巻ではその直前に、

 「いっさいの梵行(ぼんぎょう)の因は善知識なり。一切梵行の因無量なりといえども、善知識を説けばすなわちすでに摂尽(しょうじん)しぬ。」― という明解な説明も出ているのでした。シビレますね? (聖典でご確認ください)

 アドリブの綱渡り法話でしたが、まず大きな過ちは無かったと思います。なんまんだぶ、なんまんだぶ。

 私の父を自宅で介護していたときの体験をとっさに持ちだしたため、後からビデオで観てみると、父―父の母ー私 …話が分かりにくかったろうなと感じましたので、動画には故人の写真を挿入してみました。

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 これはオヤジのあかちゃん時代です。なんども泣かせた母に抱かれています。「唯一最高の記念写真なり。昭和60年」というキャプションが貼りつけてありました。スナオになれる人がはっきりしてる人は、くっきりした「人間」です。人間として生きた人だと思います。

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 昭和20年代の老僧と母です。戦争中に脳溢血で血を出し、私が小学校に上がる前に享年68才で亡くなりました。警戒心の強い、可愛げのない子供がワタシです。

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 老僧は80歳ころまで、家でも外でもすべて着物でしたが、デイサービスへ通うようになって、家人が用意したものは何でも着てくれるようになりました。驚きでした。亡くなる前年の写真です。
 もう書物の字はほとんど見えなくなっていましたのに、「本を手に持っているだけでも、しあわせだ。尊敬できる著者に、いつでも本で会える。」と言っていました。
 一冊の本のかたち、重さ、手ざわり、汚れ、みんな自分の人生の一部ですものね。…通じ合いということが人間の究極の願いではないでしょうか。

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