易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

6月 わが身のためになるかもという、はからい。

改 6月の法語 DSCF3364_convert_20180604095356

ほかの宗教はぜんぶ、信じれば代りに 
善い報いがあるという 罪福信仰です。
      (吉村かほる)


 この罪福信信仰という視点、米沢英雄先生の忠実なる同伴者であられた、吉村さんのお言葉です。
 わたしも同意同感してきました。

 しかし、もういちど原点を確認したくて、『浄土真宗聖典』(仏教の聖書のようなもの)の索引をさがして、該当する15ヶ所、すべてのページを開いて文脈を読んでみることにしました。
 『大無量寿経』が原点で、『教行信証』信、化土巻、和讃、はては『教行信証大意』まで…と広がっていました。

 すると極楽往生をしそこなう、心の持ち方を罪福信と言ってあるのでした。極楽往生と化土往生との分れ目が、罪福信であるのです。お念仏をどんな気持ちで、動機で、となえているのかという点検なのです。
 それはもともと、浄土真宗とそれ以外の宗教との区別をする“ちょうつがい”ではないようです。

 親鸞聖人のおつもりはどんなであったにしろ、宗教を大分するとき、罪福信をいう手鏡は、いぜん有効だと思われます。
 米澤先生の大きな把握力に、あらためて脱帽した次第です。なもあみだぶつ。
 

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