易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

寺報168 終活のポイント

2018 6 題字
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 【住 職 法 話】“終活(シュウカツ)”で大事なこと

 仏壇(ぶつだん)がなくても、お父さんは亡くなられた…                     
 あるお通夜(つや)の打合(うちあわ)せで、お葬式の後のご相談です。お内仏がまだ無いおうちです。
若いAさん:「仏壇(ぶつだん)って、いつ入れたら(買ったら)いいものなんですか?」 
私:「仏壇(ぶつだん)を入れたら縁起(えんぎ)が悪(わる)いということは、ありません。仏壇(ぶつだん)が無くても、お父さんは亡(な)くなられたでしょう?」

 「はっきり申し上げますと、だいたいね、70歳、80歳になっても仏壇(ぶつだん)を買わないというのが、考えが浅(あさ)い。大人(おとな)げないのです。じぶんが七十、八十になったら、どんな小さな仏壇(ぶつだん)でもいいですから、自分で用意しておくものです。
 『ワシは、もしものことがあったら、仏さんの世界へ行くからな。』と子や娘にアピールしておくのが、親らしいのです。これを先のばしにしておくと、その子どもが仏壇(ぶつだん)を買わなければならないハメ になります。考えてもみてください。30代や40代の若い人が仏壇(ぶつだん)を買うのは、大きな抵抗(ていこう)があるでしょう? いい年になった親が、やるべきことをやってないからなんです。
 これを、【往生際(おうじょうぎわ)がわるい】といいます。
 あなたがたは気が進まないかもしれませんが、忌(き)明法事(あけほうじ)までには、どんな小さい仏壇(ぶつだん)でもいいですから、安置(あんち)してくだされば、ちゃんとお参りに行きます。」

  両家(りょうけ)の仏さまがけんかする、らしい…

 回答(かいとう)は、翌日のお葬式の打合(うちあわ)せで、ありました。
Aさん夫婦:「私たち、お内仏(ないぶつ)を入れることに決めましたが、主人はA家、亡くなった父はB家です。いっしょにすると、両家(りょうけ)のご先祖(せんぞ)がケンカするといいますが、その心配はないのでしょうか?」これも出るべき問題でした。

 仏様の世界は、広大会(こうだいえ)です

私:「ケンカをするのは迷(まよ)った人たち。ケンカをしたり好き嫌いがあるのは迷(まよ)いの世界です。この世は三(さん)悪道(まくどう)ですから。
 仏さまの世界というのは、よく聞いてくださいよ。【広大会】(こうだいえ)といいます。広くて大きくて、何人(なんにん)でも集まれる、清らかな場所なのです。(七高僧さまの三(さん)番目、曇鸞(どんらん)大師(だいし)のおことば)
 私たちの側(がわ)からいえば、心を広く持ち、大きな気持にならなければ、とても行けない世界です。

平成30 無縁経_convert_20180702201216

 阿弥陀経(あみだきょう)というありがたいお経では、【倶会一処(くえいっしょ)】ともいわれます。たまにお墓でも、そういう字が彫(ほ)ってあるでしょう。共(とも)に、同じ所で、会える世界ということですね。
 おしゃか様は、『諸上(しょじょう)善人(ぜんにん) 倶会一処(くえいっしょ)。あなたも極楽に行けば仏様に成る聖者(しょうじゃ)のなかまに入(はい)れるよ。』と述(の)べられました。ご主人さえOKしてくだされば、両家(りょうけ)をまつること、かまいませんよ。
 そもそもケンカをしない世界、三(さん)悪道(まくどう)の無い世界のことを、仏さまの世界というのですから。」
ご夫婦:「…ごえんさん、その話は、お葬式が済(す)んだらもういちど、親戚(しんせき)のみんなの前でも話していただけませんか…。」
私:「エーッ!**??」

  “シュウカツ(終活)”のすすめ

 かくして、お葬式が全部終わったところで、もう一度、会葬者(かいそうしゃ)全員に向(むか)って 『七十歳になったら、の心得(こころえ)。すなわち、いつまでもカラオケと温泉、旅行(りょこう)遊びばかりを考えず、自分の行き先を決めて準備しておくのが、終活(しゅうかつ)のポイントである』というご説明をしてから、ようやく出棺(しゅっかん)のはこびとなったのでした。なかなか大変な、お葬式でありました。

  死んだ先までの心配が、してあげれますか

 このケースは、娘さんが親のお父さんに対して、ものすごく親孝行(おやこうこう)で、やさしい女性だったから、こんな本質的な話し合いが出来たのだと思います。故人(こじん)の死んだ先の心配までできるような愛の深さが大事なんだなぁと痛感(つうかん)しました。
 逆(ぎゃく)にいえば、親孝行(おやこうこう)の気持がうすいお葬式が、多くなっているのでしょうね。なんまんだぶつ、なんまんだぶつ…。     
 【平成三十年六月二十四日 浄勝寺住職・村上敏喜 拝記】

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