易往山 浄勝寺ブログ

岐阜県 揖斐郡 大野町にある、浄土真宗 本願寺派のお寺「浄勝寺」の紹介です。

無名の人が作ったお経の本

 毎月うかがう、谷汲ひまわりというグループホームでは、開所いらいズゥ―と何年間も毎日、お夕事のお経(正信偈・本文のみ)をつとめておられたそうです。

 その施設の発足当時から使っておられたお経のテープがすり減って、私が新しくテープ(CD) を差し上げたことがきっかけになって、三年ほど前からお招きを受けるようになったのです。

 じつはテープだけではなく、おそろいのお経本もすりきれてしまっていたので、新しい本を何冊かご提供したのですが、
 長く使われてすりきれてしまったお経の本がすばらしすぎるのです。私の差し上げた市販の本を、上回って!。 どんなものだったかと申しますと、

お経本の表紙_convert_20190209180253 これが表紙。B5サイズです。
 その表紙は、凹凸の地紋のある、変った包装紙のような紙で厚紙を巻いて製本してあるのでした。
 よくていねいに何冊もの、オリジナルのお経本を造られたものだと、感心しました。

無記名の御経本_convert_20190209175409

 ボロボロになっていますが、これが本文です。みんな手書き、達者な筆づかい――。高齢の方でも、見やすそう…。書いた人は不明なんだそうです。(内容からみて、お寺さんではありません。しかし自分の身を投げ出せたおかたです)

 私も「いつかは、こうやって自分も、入所者の方が読みやすいオリジナルの本を造って上げれたらなぁ。」と強く思いました。

 しかし私には筆文字がこんなに書けないのです。そこで二年ほど前に一年間写経の会を催して、ご門徒といっしょに正信偈を細筆で書く稽古に励んでもみましたが、とてもニワカ仕込みでは、思うようには書けません。

 すっかり諦めていましたが、このお正月、時間の余裕があったときに、再度あの古いお経本を手に取って眺めているうちにフト、(こんなにサラサラとは書けないが、この方だって上手下手を言わず【役に立ちたい】という念願だけでさらりと書かれたのかも知れない…ということに、その書きぶりを見て、気が付きました。

 その気付きに私は勇気を与えられ、押し出されるように、急いで硯に向いました。
 もちろんサラリとは書けませんでしたが、

WEB_正信偈 1 きみょう_convert_20190209194813

 とにかく大きなフリガナの経本は、出来ました。元の本と同じ、B5版です
 製本も、なるべく元本に敬意を表して、見習って仕上げました。コピーと糊で、15冊作成。
 次に谷汲を訪問する時には、これをプレゼントできるわけです。

WEB_正信偈 元の表紙_合成 _convert_20190209194756


 さて、コツコツと手作業をつづけながら考えたことがありました。
 ご門徒の困りごとの一つに「視力が弱って、お経の字が読みにくい…」ということが、あります。
 私とちがって字が上手なごえんさんも、世間にはたくさんおられるはずなのに、なぜそういう門徒向けの住職書写本を作られないのだろうか。大きい字の正信偈、大きな字の阿弥陀経とかのオリジナルが、いっぱいあってもよさそうなのに。

 また美術の得意なごえんさん、芸大まで出られたようなごえんさんも何人かはおられるはずなのに、なぜ「決定版・親鸞聖人の紙芝居」とか「オリジナル・お釈迦さまの生涯の紙芝居」とかを描いて下さらないのだろう…という疑問が起ったのです。そんなものがあったら、他のお寺さんがすごく助かるのに…。

 自分の与えられた力を仏教に投げ出せないのは、なぜでしょうか? いわば、身を捨てる(お金を考えない)という心境を味わえないのなら、ほんとうに力の無い仏教ということにならないでしょうか。
 仏法とは考える力をたまわることだと了解しています。
 まことに生意気な言辞を弄(ろう)しました。私のインフルエンザが完治した証拠でしょうね。ご海容ください。

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お礼

グループホームひまわりです。先日は素晴らしいお経本を頂きました!ありがとうございました!あの古いお経本を再現して頂けるなんて驚きです。大事に大事に使わせて頂きます。

グループホームひまわり | URL | 2019-03-02(Sat)13:27 [編集]